第3話 元彼女
学校に着いた。
人が増えるから奇妙な物を見るような目線や笑い声、気持ち悪がる声も増えていく。
さっきまでの元気は妹に無く、繋いだ手から震えが伝わってくる。
原因はおそらく、さっきまでとは違い、目線の主に男がまざっている所だろう。
俺以外の男を酷く恐怖し、拒絶する今の妹にとって、男は皆あの時のクズ男と同じに見えているに違いない。
「何があってもお前は守る、安心しろ」
「き、今日こそは大丈夫だと思ったんですけど……ご、ごめんなさい」
「謝るな、お前が悪い事なんて一つも無い」
「お兄さん、こっちですよ」
そんな妹を見て、恋歌は彼女達の教室まで案内をしてくれた。
幸いにも二人はクラスメイトで、授業中や俺が守れない間は恋歌に任せる事が出来る。
かなりの迷惑を掛けている事は分かっているが、恋歌は笑顔で引き受けてくれたし、妹もしぶしぶながら理解をしてくれた。
「行こっか、ゆうかちゃん」
「わ、分かってます……けど」
「いつも通り、ゆっくりでいいからね」
妹と同じぐらい、いやそれ以上に冗談を飛ばす恋歌だが、こうなった妹に対しては一切の冗談を言わない。
俺が妹に接するように、優しく接してくれている。
妹は深呼吸をしてから、俺の手を離して恋歌の隣に立ち、俺に頭を下げた。
「兄さん、ありがとうございました」
「今日も登校できたんだ、えらいぞ、ゆうか」
妹の頭を撫でていると、申し訳なさそうな顔から笑顔に変わっていく。
そして、両手でバッグを持って教室の奥の自席に向っていった。
「何かあったらメッセージを頼む、ま、いつも通りだ」
「分かってますよ、それじゃあまた昼休みに合いましょう」
恋歌はニカッと爽やかな笑顔をみせてから、座る妹にちょっかいをかけに行く。
「今日は何だか二人から同じ匂いがしたんだけど、くんくん……やっぱり同じ、怪しいんだけど」
「同じ家に住む兄妹なのですから、同じシャンプーを使うのは当然です、つまり同じ匂いなのは当たり前で……って恋歌! あなた兄さんの匂いを嗅いでいたのですか!?」
「意識して嗅いだ訳じゃないって! たださっきお兄さんと話してる時に、あ、ゆうかちゃんの匂いがするなーって」
「それは変態のやる事ですよ、キモ恋歌」
「まさか、お兄さんと朝から一緒にお風呂に入ってたとか?」
心臓が冷たい手で握られるような感覚がした。
こんな言葉を聞くなら、妹の教室から早く離れれば良かったと自分の判断の遅さを責めつつ、妹がどう答えるのかを気にして教室の入り口から妹を見ると……目が合った。
分かってるだろうな、ここはふざけちゃいけない場所だぞ?
あ、いや、ふざけるなってのは何も嘘を付くな真実を話せって訳じゃなくてだな、世間体を考えて発言をしろって意味で……。
「流石にそこまでしませんよ、あなたみたいな変態と私は違いますからね」
「そう……だよね、流石に……あはは、さてと、今日は一時間目から小テストだし、勝負だ!」
「小テストなんてお互い満点で終わりますから、勝負にならないと思いますが……わかりました、受けて立ちます!」
よかったぁ……。
朝から兄と一緒にシャワー浴びてますとか言われたらもう、ねぇ。
シスコン兄貴から犯罪者になっちゃうよ。
まぁでも、妹も俺も今が普通じゃないって分かってる、これはいい事に違いない。
この違和感は、まだ世間と感覚がそこまでズレてない証拠なんだから、むしろうれしいまである。
そんな事を考えつつ、俺は自分の教室に向かった。
ドアを開けると、数人のクラスメイトが俺を見てから見て見ぬふりをして、もしくは興味がないような素振りを見せて視線が俺から離れていく。
自席に座れば、やる事はものすごく限られてくる。
空を見る。
教科書を開いて軽く予習をする。
寝たふりをする。
平和だが退屈な時間は流れる速度があまりにも遅く、ついつい色々と考え込んでしまう。
連日考えているのは、妹と俺の問題だ。
今は仕方ないけど、流石に兄妹の距離感じゃない。
守るとは言ったが、それは家族に向けた愛から来る感情がそう言っているのであって、こんな恋人だと勘違いされる生活を俺は望んでいない。
「……ハァ、どうすりゃいいんだろ」
こんな相談は恋歌には出来ないし、妹には絶対に聞かせられない。
そうなると……冬月さんかなぁ。
嫌がりながらも話聞いてくれそうだし、何かしらのアドバイスもくれるだろうし……あと普通に美人だからな、恋愛をしている場合じゃないのは変わらないが、男ってのは美人と話をしているだけでもメンタルが回復するもんだろ。
明日の朝バイトは、いつもより少し早く行ってみよっかな。
うん、それがいい。
そんな事を考えつつ、ぼーっと授業を受けて、やっと昼の時間になった。
クラスメイトの男子は購買の数量限定の唐揚げを求めてダッシュで消え、女子は数名のグループで集まって明らかにそのサイズでは足りないだろと言いたくなる大きさの弁当箱を広げている。
さてと、俺も妹の所行かないとな。
「ねぇ、妹迫君ってさ、昼どこで食べてんの? 噂通り妹とイチャイチャしながら二人きりでご飯食べてんの?」
「あ、それ見てみたいんだよね、どこで禁断の恋に励む妹迫が見られる感じ?」
……まただ。
他の男子が居なくなってからだが、最近はよく女子からこんな風に言われる事が増えてきた。
だけど、相手にしてやる程俺はガキじゃない。
「ちょ、無視すんなし!」
不良みたいな金髪のクラスメイトが俺の上着を掴みやがった。
勘弁してくれ、俺が遅れたら妹は飯食べないし、恋歌にも気を使わせちまうんだぞ。
「邪魔すんな」
「何、早く愛しの妹に会いたいよーって感じ?」
ケタケタと笑う彼女につられてなのか、それともクソ程も面白くない彼女の発言が笑えたのか、集まっている3人組の女達はこっちを見て笑っている。
箸で俺を指しながら、シスコンシスコンと……事情も知らないくせに、身勝手な意見をぶつけてきやがる。
ダメだダメだ、無視しろ無視。
挑発に乗るな、ガキじゃないって自分に言い聞かせたばっかりだろ、俺。
「無視かよ、チッ、なら次はコイツの妹の所に行ってカマ掛けてくっかな……私、君のお兄さんに襲われそうになったんだけど……とか言ったらめちゃくちゃ修羅場になったりして」
「何それウケるんだけど! ならさ、あーしらみんな手を出されたって事にして……」
「妹を巻き込むのは止めてくれないか」
頭に血がのぼっていくのが分かる。
冷静を保とうと努力していた内なる俺が姿を消し、今はコイツらが妹を傷つけるんじゃないかと警戒してしまう。
「無視するなら貫けよ、シスコン野郎」
「満月あやさん、前にも言ったが俺の事はいくらバカにしてもからかってもいい、だが妹は巻き込むな」
「その妹の事情にあやを巻き込んどいてその言い方は何? 本当にムカつくんだけど、嫌なら事情ぐらい話したら?」
満月あや。
不良みたいな外見と、耳に付けたいくつものピアスが特徴的なクラスメイトだ。
ハッキリと言うが、俺は今のコイツが苦手……いや嫌いだ。
神様が目を塞ぎ、法律が何の効力も持たなくなるような日があれば、確実に一回は殴り飛ばしている自信がある。
何故こんな人の事を考えない奴と付き合っていたのか……過去の俺をぶっ飛ばしてやりたいね。
「あのさー、あーしも姉弟いるから分かるけど、お前らの距離感本当に異常だかんね? わかってる?」
「満月さんが家族と不仲で、俺とゆうかの家族愛が羨ましいって事はよくわかったよ」
「んな訳ねぇだろ!」
ここにいたら俺が殴られるか、俺がこの人を殴るかの二択になりそうだ。
主に前者の、最悪のパターンになる可能性が極めて高い。
……構うな、無視しろ。
「まだ話終わってねぇんだぞ、てめぇ! 絶対後悔させてやっかんね!」
元彼女の恨み節を聞きながら、俺は教室を出た。
早歩きで移動しつつスマホを見ると、五分もあの人に取られていた事が分かって腹が立ちつつ、妹が心配になり、いつもの場所、美術道具室に向う。
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