第6話 悪くない
「ふと気になったんですけどいいですか?」
「なんだ?」
剣の打ち込み稽古をしながら、ずっと思っていたことをノマドさんに口にする。
「その、大剣に纏った風みたいなやつが気になって」
「ああこれか。魔法だが見たことないのか?」
え、これ魔法なの?
すご……
――魔法って、もっと派手な光とか、詠唱とか、そういうファンタジーっぽいやつを思い浮かべてたけど、ノマドさんの大剣に纏っているそれは、目に見えるのに、風とも違う。
あえて言うなら、空気が刃に沿って流れてるみたい。
ぴたりと吸いつくような流線、そして切っ先がわずかに震えるたび、風圧で周囲の草が逆巻いている。
「これが、魔法……」
もしかしたら自分も使えるのかな。なんて思いながら魔法を見つめていると、ノマドさんから、「お前に魔法の才能は一切ねえよ」と断言されてしまった。
なんで分かったんだろう。
「目付きが“羨ましがってるやつ”のそれだった。剣の時と違う」
またしても、心を読んだかのように言うノマドさん。
自分、そんなに顔に出るタイプなのかな……
「魔法ってのは、生まれつきの“素質”がほとんどだ。使えるやつは簡単に使えるし、使えないやつは一生使えねえ。無理に鍛えても、意味はない」
断言された。
でも、その言い方には侮蔑も諦めもない。ただ“そういうものだ”という、冷静な事実の提示。
「お前は剣に集中してろ」
ぽふっと、自分の頭に手を置いて、優しく撫でるノマドさん。
その手のひらは、分厚くて硬くて、でも不思議と、痛さや重さはなかった。まるで、自分がこの世界で初めて見つけた“帰る場所”みたいな、そんな温かさがあって……
「……はい」
自然と返事が漏れる。
魔法の才能が無かったのは、少し残念に思うけど、自分には剣がある。
剣が、自分の“道”だと、ノマドさんがそう言ってくれたのだから。
友人がここにいたら、「やっぱり魔法がないと強くなれねえんだな」とか言われそうだし。
「ほら、意識が逸れてる。お前の木剣、先端が下がってるぞ」
「あっ、すみません!」
慌てて構え直す。肘が浮かないように、腰を引きすぎないように、呼吸を整えて。ノマドさんは一言も褒めないけど、ちゃんと見ていてくれる。
「……いいか、剣は振るもんじゃねえ。“通す”もんだ」
ノマドさんは自分の木剣を、腰の位置に構えたまま、ゆっくりと上段へ引き上げる。
「目じゃなくて、耳で聴け。音を覚えろ」
――ヒュッ。
一拍、風を裂く音が響いた。
打ったようには見えなかった。腕も、肩も、ほとんど動いていない。ただ、柄を少し傾けただけ。なのに、斬撃の軌跡だけが、空気に線を残していた。
何度見ても、この剣閃は、目に、耳に残り続ける。
けれど、自分がそれを真似ようとすると、どこかで崩れる。体が追いつかない。
腕を振れば、今の自分には重すぎてバランスが崩れる。じゃあと下半身を安定させれば、今度は打突に力が乗らない。
動きが噛み合わない。力の流れがどこかで止まってしまう。
――たぶん、自分が“知っている”剣と、“今の身体”がかみ合っていない。
頭で思い描いた動きに、身体がついてこない。
前の世界で何百回、何千回と繰り返した型が、今ではまるで空回りしているみたいで、もどかしさが、胸の奥にずっと引っかかっていた――そのとき。
「……おそらく、身近に剣術をやってた奴がいたんだろうが。お前、その型、真似てるだけだ。捨てろ」
ノマドさんの声に、反射的に木剣を止めてしまった。
刃先が空を切ったまま、微かにぶれる。その音が、やけに大きく耳に残る。
驚愕、そして図星。
今の動き――完全に見抜かれていた。
前の世界で、自分が剣術を学んでいたこと。明確には言っていないのに、間接的に、だけどほとんど確信に近い形で言い当てられた。
「分かるんですか?」
口にしてから、少しだけ後悔する。聞かずとも、答えは分かっていた気がするのに。
ノマドさんはわずかに眉を上げ、鼻で笑った。
「無論。誰に言ってんだ」
そう断言するノマドさんの目は、こちらの木剣の軌道なんかじゃなく――もっと奥、もっと深く、こちらの“根っこ”を見ているようで……それが分かるからこそ、ぞくりとする。
――この人、いったい何をどこまで見てるんだろう。
握っていた木剣が、少しだけ汗で滑る。手のひらから伝う湿り気が、肌寒いはずの空気を余計に冷たく感じさせた。稽古中にかいた汗とは違う、冷たくて粘る感触が。
「いいか。剣は、型をなぞっても強くはならん。“合ってない剣”を無理に使えば、身体を壊すか、命を落とすかのどっちかだ」
無意識に、今の自分の動きは、以前に学んだ動きを、なんとかこの身体で再現しようとしてる。
それがノマドさんには一目で分かったのだろう。
思い切って振っても、腕だけが走って、足がついてこない。打てば打つほど、力が散っていくのが分かる。足りないのは力じゃなく、“まとまり”。
「まず、肩甲骨を意識しろ。肩じゃねえ、“背中”で剣を動かせ」
思考を断ち切るように、背後から声が飛んできた。すぐ背後――振り返らなくても分かる距離に、ノマドさんの気配がある。
「身体が小さい分、全身を連動させろ」
ぽん、と。背中のちょうど中心、肩甲骨の下あたりを、ノマドさんの指が軽く叩いた。
そこが“起点”だと伝えるような、優しいけど逃がさない、そんな一撃。
うなじにかかる髪が、汗で肌に張りついてる。背中の一点が意識された途端、自分の身体全体がそこを中心に組み直されていく。
「今のお前は、腕が独立して動いてる。それじゃ“流れる”。腰と腕が同時に出ないと、細い骨に負担がくる」
「……はい」
「足は、内旋。小指から踏み込んで、母趾球で押し出せ。踵に乗るな。お前の軽さなら、それだけで重心が浮く」
言われた通り、小さく息を整えて、足の感覚を探る。
土の地面はまだ朝の冷気を残していて、素足の裏からひやりと伝わる。
左足を半歩引く。右足のつま先――小指の下に重心を乗せると、わずかに土が沈んだ。
そこから、母趾球――足の親指のつけ根に意識を移し、重みを前へ滑らせる。
たったそれだけで、見違えるほどに変わった。
「悪くない」
相変わらず淡々と言うノマドさんだったけど、その声色は、なんだか嬉しそうにしていた。
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