第8話 話せた! はじめての一歩

次の日の昼休み。

いつものように静かな教室の隅で、お弁当を食べながらノートを広げていたハル。

でも、その心はいつもより少し、そわそわしていた。


昨日、ユウキと交わした会話が、ずっと頭の中でぐるぐるしている。


(あれ、本当に“会話”だったな……)

(それに、“見せていいよ”って、自分で言ったんだ……)


自分の好きな物語を、初めて誰かに話した。

ほんの数言だったけれど、それは、ハルにとって大きな一歩だった。


そして、ユウキの「感想言ってもいい?」という一言。

それが、なぜかずっと心に残っている。


(あのとき、“嫌だ”って言えば、きっとそれで終わったのに……)


でも、ハルの中には――それを「終わらせたくない」と思った気持ちが、確かにあった。


「やあ、リナさん。今日も剣がキラキラしてるな!」


いきなりの声に、ハルはびくりと肩を跳ね上げた。


目の前にいたのは、ユウキだった。

手には自分のお弁当を持ち、いつの間にかハルの机の向かいに座っていた。


「な、なに……?」


「昨日のあの剣士のキャラさ。すごく印象に残ってるんだよね。ノート、また見せてもらってもいい?」


「……今?」


「うん。読みながら食べたい!」


どこか真剣で、でも悪気のない目をしているユウキに、ハルはためらいながらもノートを少しだけ差し出した。


「じゃあ……このページまでね。」


「おっ、ありがとう!」


ユウキはうれしそうにノートを開き、食べるのも忘れて読み始めた。


ページをめくる音が、ひときわ大きく聞こえる。

心臓がドクンドクンと速くなる。

(やっぱり、やめればよかったかな……)


でも――


「……うわ、ここの場面、めっちゃ熱い! リナが傷だらけになって、それでも村を守るとこ!」


「え……?」


「うちのサッカー部のキャプテンが、前の大会でケガしながら最後まで試合に出たんだけど、それ思い出した!」


ハルはぽかんとした顔でユウキを見た。


物語の世界が、現実と重なった?

自分の描いたキャラが、誰かの記憶や感情に触れた?

そんなこと、今まで一度も想像したことがなかった。


「……そんなふうに、思ってもらえるなんて……」


「思うよ! ってか、ハルってさ、ふだん静かだけど、頭の中すげーにぎやかだよな。

このノート、アニメとかになったら絶対観る!」


「えっ……」


顔が一気に熱くなるのがわかった。


でも、その言葉は、不思議と嫌じゃなかった。


「……ありがとう。」


ようやく、そう返すことができた。


ユウキはうれしそうに笑って、残りのお弁当をかきこみ始めた。


「そういえばさ、オレ、本とかアニメとか、あんまりちゃんと観たことなかったけど……リナの話読んでたら、ちょっと気になってきた。

おすすめ、あったら教えてよ。」


「……あるよ。いくつか。」


「よっしゃ! 放課後、図書室で待ってる!」


そう言って、ユウキは元気よく席を立った。


ハルはしばらく、その背中を見送っていた。

そして、そっとピピに話しかけた。


(心の中で、だけど)


《ピピ……ぼく、いま、ちょっとだけ“うれしい”かも。》


ノートをそっと閉じると、胸の奥で何かがトンと音を立てて動いた気がした。

それはたぶん、ほんの小さな、でもはっきりとした“自信”。


自分の「好きなこと」を話してもいいんだ。

自分の「物語」が、誰かの心に届くことがあるんだ。


そんなあたりまえのようで知らなかったことが、今日、ようやくわかった気がした。


放課後、図書室。


「……で、これが、ぼくが最近読んだやつ。」


「おー、タイトルがもう冒険っぽい!」


「あと、これは……アニメにもなってる。ピピがびっくりしてたやつ。」


「ピピって、あの小さいAI?」


「……うん。今度紹介するよ。」


ふたりは机をはさんで、本を並べ、ページをめくりながら、笑い合っていた。

まるで、言葉の代わりに物語で会話しているみたいだった。


次回予告:

第9話「続き、読んでみたよ」

次の日。

ユウキが、ハルに向かってまっすぐに言う。「あの場面、泣きそうになった」

はじめて、自分の物語が“感情”を動かしたという手ごたえに、ハルの胸が熱くなる。

小さな一歩が、確かな“つながり”へと変わりはじめる――


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