インスタの踊り子

平山文人

第1話 その姿を追いかけて

 あっ、あれだ。間違いない。その姿を見つけた時、康博の心臓は自分でも驚くほど高鳴り、足元すら揺らぐような気がした。落ち着け、彼女は俺のことなんか知りもしないんだ……インスタのハンドルネームは知っているとしても。五月の晴天に恵まれた都内の繁華街のすぐそばにある広い公園の敷地内の入り口に彼は辿り着いていた。   

 公園は木々の緑にぐるりと囲まれ、大きな滑り台やジャングルジムで小さな子どもたちが歓声をあげて遊んでいて、近くのベンチにはお母さんたちが集まって思うままにおしゃべりをしている。入り口のちょうど真奥に小さなステージのようなものがあり、そこで数人の女の子がグルーブの効いたダンスミュージックをかけて踊っていた。康博は敷地内の右側を何気ない振りをして歩き、ステージが見える距離にあるベンチに腰掛け、水色のカーディガンからスマホを取り出して、何食わぬ顔で見るふりをしながら、視線を彼女らに向けた。向こうから優しい風が吹いてきて、彼のやや火照った顔を優しくなでた。いる、Kaoriちゃんだ。淡いピンクの長袖シャツに白のジャージを吐いた彼女は、小柄な体をリズムよく動かしている。ダンスの知識など全く持っていない素人の康博にも、Kaoriちゃんのダンスがとても上手だという事は分かる。肩ほどの結んでいない黒髪が時折り激しく舞う。知らず、康博は夢中になって彼女だけを見つめていた。しばらくして、思わずそれに気づき、首を振って視線を逸らす。駄目だ、今日は見に来ただけなんだ……。ふと何かを感じて、思わず顔を向ける。そこには、ダンスの曲が終わって、こちらを見ているKaoriちゃんがいた。そして、にっこりとこちらに向かって微笑んだ。彼は驚きの余り、軽く声が出てしまった。もちろん微笑み返すなどということは出来ず、何をしたかというと、慌ててスマホを耳に当て、電話がかかってきた振りをして立ち上がり、一目散に公園から逃げ出した。

 彼の脳裏にいましがたの彼女の笑顔が焼き付いて離れない。花のように笑う、という比喩を見たことがあるが、それは今見たKaoriちゃんの笑顔のことだ、と康博は思った。たったの数分しか公園にいなかったが、彼はとても充実し満たされた思いで歩いていた。休日の繁華街はごった返していて、人とすれ違うのも一苦労だったが、彼には何も気にならなかった。取りあえず今日は帰ろう。康博は足取りも軽く、行き交う人をすり抜け、ターミナル駅の階段を一気にかけ昇った。

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