転生先は“絶望”でした。〜死にたくなければ、戦え〜
誰かの何かだったもの
第1話:異世界の扉を叩く男
「おい黒崎、お前また残業か? 今何時だと思ってんだ」
「すみません部長、あと少しだけ資料まとめたら帰ります」
時計の針は22時を過ぎていた。オフィスの明かりは、もはや黒崎タケルのデスクだけを照らしている。誰もいない執務フロアで、カタカタというキーボードの音だけが響いていた。
黒崎タケル、28歳。都内の広告代理店勤務。仕事は早く正確だが、要領が悪く、気が弱い。人から押し付けられた雑務を断れずに残業し、ついたあだ名は「便利屋タケル」。自分でも、もう慣れてしまっていた。
その夜も終電間際、ようやくビルを出たタケルは、重い足取りで駅に向かって歩いていた。
「今日も……明日も、きっと同じだ」
ため息をついたその時、交差点の赤信号を渡ってきた乗用車が、タケルの目の前に突っ込んできた。
「……え?」
まるで冗談のように、視界が白く染まる。
鈍い衝撃音。身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。だが痛みはなかった。
次に気づいた時、タケルは暗闇の中にいた。重力も、感覚も、現実感すらない。
(あれ……俺、死んだ?)
すると、空間に音が生まれた。風でも、声でもない“何か”が、彼に語りかけてくる。
――お前はこの世界に必要ない。だが、違う世界が手を差し伸べている。
「誰だ……?」
――今度こそ、生きたくはないか?
次の瞬間、タケルの意識は真っ逆さまに落ちた。
目を開けると、そこは草の匂いと土の感触が広がる場所だった。空は紫がかった夕焼け。鳥とも獣ともつかぬ鳴き声。現代の都会とはかけ離れた、見知らぬ世界。
「夢……じゃ、ない?」
体は裸足で、見たことのない粗末な布を纏っていた。自分の手を見た。血が通っている。息もできる。鼓動が速い。
「ここは……どこなんだよ……!」
混乱して周囲を見回したとき、木の影から人影が現れた。小柄な少女。だが、その目はまるで獣のように鋭い。
「お前、転移者か?」
「え、えっと、わかりません……気づいたらここにいて……」
「ふん。だったら、試してやる」
少女はそう言って、小さなナイフを抜いた。
「な、なんだよ、それ……!?」
「こっちじゃ、弱いやつはすぐ死ぬ。転移者でもな」
ためらいなく飛びかかってくる少女。反射的に後退し、足をもつれさせて倒れるタケル。咄嗟に手近な石を掴み、振り上げた。
鈍い音。少女が倒れる。
「はぁっ……はぁっ……」
息を切らし、タケルは震える手で石を投げ捨てた。少女は気絶していた。
(これは、なんなんだ……?)
誰も助けてくれない。警察も、病院も、ない。ここは、タケルが生まれ育った世界ではない。
(俺……また……理不尽な世界に来たんじゃないか?)
けれどその時、確かに心の奥で、何かが燃えた。
(今度は……俺が生きる番だ)
一人の平凡なサラリーマンが、今まさに、“異世界の扉”を叩いた。
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