完璧な歯車たちへ

誰かの何かだったもの

第一部:朝のルーティンと“意識の高さ”

午前5時。目覚ましが鳴るよりも早く、彼は目を覚ます。

完璧な社会人である田所悠真は、朝の時間を「自分磨き」に使うことが人生の成功へと繋がると固く信じていた。目覚めてすぐ、まずはベッド脇のスマートスピーカーに声をかける。


「今日の天気と株価、あと昨日の成功者の名言。」


「本日、晴れのち曇り。日経平均株価は……」


AIの淡々とした声にうなずきながら、田所はプロテイン入りのスムージーを一口飲む。彼が起きてまず確認するのは、天気でもニュースでもない。SNSの通知だ。昨夜アップした「朝活最高!」という投稿に「いいね」がいくつついたか、それが一日のモチベーションに直結する。


画面には86件の「いいね」が並んでいた。昨日より3件少ない。


「今日はもう少し“本質”に触れる投稿にしよう」


そう呟いて、#自分革命 #朝活は最強の自己投資 というハッシュタグをつけた投稿を作りながら、心の奥で少しだけ虚無を感じていた。


出勤の準備に移る。アイロンのかかった白シャツ、スマートウォッチ、革靴。すべてが規則正しく整えられた部屋の中、まるで機械のように同じ動作を繰り返す。パターン化された行動が、効率と安心をもたらすのだと彼は信じている。


田所は会社で「意識が高い」と評されていた。課の誰よりも早く出社し、誰よりも遅く退社する。誰よりも多くタスクを抱え、誰よりも多く“やりがい”を語る。


しかし、本当に“高い”のは、彼の意識ではなく「会社の評価基準」に対する迎合度だった。

出社後、まずは社内チャットに「本日もよろしくお願いします!」の定型文を打つ。全員が投稿する、意味のない儀式。そこに“個”などない。“型”だけが求められていた。


「田所くん、今日も早いね! さすがだねえ」

部長の声に、彼は満面の笑みで応える。


「ありがとうございます! 時間は命ですから!」


部長はそれを「若者のやる気」と受け取り、田所は「評価ポイントゲット」と計算する。そこに信念や理想はない。ただ“空気を読む”という現代の最強スキルに支えられた処世術があるだけだった。


そんな彼の行動すべてが、他の社員たちにとっては“正しすぎて気持ち悪い”のだが、誰もそれを言わない。なぜなら田所は、「会社にとって都合の良い人間」であり、そういう人間こそが「正しい社会人」とされる世界に、彼らもまた生きていたからだ。


「完璧な歯車」であることに、誇りを持てるようになった時点で、彼はもう“自分”を手放していた。

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