おいでませ!魔王村〜聖女になってしまった幼馴染の全てを取り戻す!~
大外内あタり
第1話 魔王村(01)
空歴三〇一五年、春の昼下がり。
正門前に魔族が一人。
「たのもう!」
短く切った黒髪と両側頭部にある羊に似た角。大きな目はつり上げられて、瞳は金色に輝いている。
すっと通る鼻と小さな唇。少し赤い肌は艶があり、大きな両胸を隠すだけの黒い布と同じく前と後ろを隠すだけの機能を持つ、巻かれた丈の短い腰布。
人間でないことが分かる容貌に二人の門番は背を正しつつも笑みを浮かべた。
「ご旅行ですか?」
ふにゃりと門番の笑みは深くなり、素朴な細い木の棒に矢尻をつけただけの槍を持ちながら、女性、いや少女の終わりくらいだろうか。彼女に問うと、
「なッ、ふざけているのか! このアリスベール・アリストレスは魔王軍の中でも、第七師団の中で副騎士団長に所属しているもの! ここが魔王の名を語るのであれば、私の名を知っていて当然だ!」
激昂しつつも名を名乗り、ぜぃはぁと息を切らせながら門番たちを睨んだ。
そうされても、門番の様子は変わらず、
「魔王さまに謁見を?」
と返す。
そうしている内に対応していない、一人が木の門を開けつつ「どうぞ、どうぞ」と手招きをするではないか。
「ぉおお、何をニコニコとッ、しかし会えるのであれば会おうではないか。完全なる世の支配者である魔王にッ」
「魔王さまは、このまま通りを真っ直ぐ行って突き当たりですよ」
アリスベールは「ふんッ」と鼻を鳴らしながら、境界を一歩踏み出してから、ふと後ろを向き、目を見開いた。
「は、はぁ!? ハッ、は、な、なんなのッ」
そこには板一枚とそれを倒れないように支える棒が何本か。門も薄く、吹き飛ばしたら壊せそうな貧相で見栄っ張りなだけの城壁。
開け放たれた門が次第に閉まっていく。
何とも言えない不安をかきたてる様相にアリスベールは、ぞっとしつつ、前を向いて「魔王を名乗る不届き者にッ」と思い出す。
一歩、二歩、
「おや、知らない魔族のじょーちゃんだね! 肉串食べてくかい? ただでいいよ!」
「へ、は? はぁ、はっ、な、なに」
「ほらほら」
入り口近くに店を構えていた肉屋の店主に串を向けられて言われるがまま、アリスベールは受け取ってしまい、
「飲み物はどうだい? 少し先に行けば果実酒が売ってる店があるよ」
「えっ、あ、ああ、え」
言われるがまま歩いて行くと、確かに飲み屋はあり、アリスベールを見るとニコニコと「新しい子だねえ!」とただで果実酒を差し出してくるではないか。
右手に肉串、左手に酒。
訳の分からない対応をされてアリスベールの頭の中は疑問だらけで考えが追いつかない。肉はいい匂いがするし、酒も果実の甘い香りで鼻腔をくすぐる。
「な、なにっ、なんなのっ」
周りを見渡すと大通りというのか、魔王の住まいに続く道らしき通りは、店が並び立ち、大人も子供たちも和気藹々として、アリスベールの故郷バカン村を思い出す。
懐かしい。戦争が始まる前は毎日がお祭り騒ぎのような陽気な村だったが、戦争が本格的なものになってからは、男性がいなくなり、さらに深く進めば女性もいなくなり、今あの村には老人と子供しかいない。
アリスベールは、もらう賃金をすべて食べ物に買えて故郷に送っていた。どんなに苦しくても、村のみんなの方が苦しいのだからと心に留め、剣を振るい、魔法を放ち、多くの人間を屠ってきた。
こんなに暖かいのは久しぶりで、ぽろぽろとアリスベールの瞳から涙が溢れ出し、もらった肉と酒を口の中にかき込むと、ごくんと喉を鳴らして、泣きながら着いた魔王の城の前で、ぐしゃぐしゃになった顔を手で拭い「たのもう!」と城前にいた兵に
向かって声を出す。
門の兵役の一人は、その様子を見てから近づき背を撫で、食べ終えた串とグラスを受け取ると「こちらですよ」と背の高い、でも薄っぺらい門を開けて中まで導いた。
床も壁も天井も木製でできた、ただ長い廊下の先に少しの階段、終点は金属とベルベットの椅子が二脚。素人が考えただろう精一杯の王族風味の席だ。
ぐすっと鼻をすすっていると、舞台袖から明らかに農民と言える男女が出てきて、アリスベールは目を見張る。やはり、魔王の名を語る不届き者だった。
「いやはや、ごめんね。今、農作業をしていてね。おや」
男の方がへらへらと嫌みのない笑みを浮かべながら椅子に座り、アリスベールを見て声音を変える。
「まあ」
次いで女の方が椅子に座る前に、急いで階段を降りて、アリスベールの横に立つと背を撫でながら「大丈夫よ」と声をかけた。
「わ、わたしはっ、だい、だいななきし、の、ありす、べーるっ」
「こんにちは、アリスベール。もう大丈夫よ。大変だったわね」
「ま、まおう、さまぁ、の、うっ、うう~っ」
アリスベールは崩れ落ちて、魔王の妻役のロインの胸元で、子供のように涙した。
師団長の人間を殺すべしという言葉が曖昧だった時の、本当に人間を殺してしまった瞬間。右手左手、右足左足、そして顔。作られているものは同じなのに、長命種と短命種という隔たりで別れてしまった『種族』という枠組み。
泣き叫ぶのも、命乞いをするのも両方から聞こえる。どろどろになって進み、剣に肉と血の味を覚えさせ、敵将の首を持ち帰れば金になり、それを村に送る。小さな弟は祖母とどうしているだろう。
そういえば父と母は? 召集されてから話を聞かない。
どうしてと毎日、泥臭いまま寝ては起きて味のない食事をし「前に進めー!」「恐れるなー!」と号令し続けてきた。
『私は何をやっているのだろう』
ここに来たのだって師団長のハルカトラムの命令で、
『たかだか人間が語っている場所だと聞く。虚偽が分かり次第、お前の手で燃やしてくるがいい』と言われただけである。
一人で行けというのはお払い箱と言われたと同じ。魔族側も食糧難で一人でも多く口減らしをしたい。その一人にアリスベールは選ばれた。
「アリスベール、ここは人間も魔族も魔物も住める『魔王村』なんだよ。アリスベールも、ここで休んでいくといい」
魔王役のヒイロが膝をついて彼女の頭を撫でた。
「ん?」
人間の子と魔族の子たちに文字を教えていたラエルは顔を上げて、ぽぅと灯った暖かいものを感じとり、両親がいるであろう『謁見の間』に行くか悩む。
そして、ちらりとさらに小さな子たちと絵本を見ている幼馴染みのリンリィに視線を送り、彼女に変化がないということは悪意を持った『なにか』が入ってきた訳ではないと判断して、
「せんせー?」
「ん、ごめん。じゃあ、続きやるよー」
「はーい」
ラエルはチョークを持ち直して『今日』の授業の続きを始めたのであった。
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