魔女の実の味を知るもの
わたしはナニー
わたしの名前はミネット。名字はもうない。正確にはあったけど、名乗れなくなった。犯罪奴隷になったから、多分この先の八年は名字のない『ミネット』だ。
仕事は、メイド。より細かく言うと
メイドの中でもナニーは花形で、信頼を置かれないとできないお仕事だ。だから犯罪奴隷をナニーにするのは聞いたことがなかったし、街中を歩いても、学校の他のメイドさんからも変な目で見られる。
だからわたしは、へんてこなナニー。
もちろんやっちゃった犯罪が『りょうしゅごろしみすい』というのは内緒にするように言われている。『犯罪奴隷になるなんて』みたいなことを言ってくる人も、「前のご主人様に言われて別の人を攻撃しちゃったの」と言えば、それですっと離れていく。ご主人様に切り捨てられたと思われて、なんだかかわいそうな子みたいに見られる。
でも、いいの。わたしにはご主人さまとアオさまがいる。
わたしのご主人さまは、レナ・ポーレットさま。鉱山を持っている子爵さまで、女の人で、けっこうすごい魔導師。その長男のアオ・ポーレットさまはご主人さまと見た目は全然似てないのに中身がすごく似ている。子どもというより、なんだかきょうだいみたい。
アオさま付きのナニー見習い。それが今のわたしの全部。
だけど、わたしが子育てをしているというより、わたしの子育てをされているんじゃないかと思う時がある。それくらいアオさまは頭が良い。わたしが六歳の頃はもっとバカだったと思うし、最近十二歳になったけど、今もわたしはバカのまま。
アオさまは男爵さまで、男爵さまとしてのお仕事のときは代官のジャンさんと農業のはなしや水路のはなしをずっとしている。あとは、予算のはなしと戦争のはなし。そうかと思えば、時々ものすごい数の紙に文字を殴り書きしている。それをわたしや他のメイドが清書して、他の貴族様に見せている。それだけで公爵閣下やシェフィード市の市長さんを書類だけで動かしてしまう。詳しい内容はわからないけれど、すごいと思う。
ほんとうにナニーがアオさまに必要なのかわからないけれど、ご主人さまはわたしにアオさまを助けるよう申し付けられた。そして、そんな頭の良いアオさまのお手伝いだと……こっちも頭がよくないといけない。ということでアオさまから『よみかきそろばん』を教わっている。
よみかきは『読み書き』、そろばんはなにかわからないけど、計算のことらしい。三桁までの足し算と引き算は紙がなくてもできるようになったし、かけ算や割り算もやり方はわかった。このペースだとアオさまが初等部を卒業なさる四年後までには『さんかくかんすうとびせきぶん』ができるようになるらしいけれど、正直よくわからない。
もっとよくわからないのは、なんでご主人さまもアオさまも、わたしにたくさんよくしてくれるのか、だ。
奴隷は、モノだ。人じゃない。
そもそも『獣神の祝福』のおかげで猫の耳と尻尾を持つわたしは最初から人間扱いされないけれど、奴隷だともっと人じゃない。『奴隷』のまえに『犯罪』までつくと、もっともっと人じゃない。
なのに、奴隷としての挨拶をしようとしたりすると怒られる変な感じになった。
アオさまには『そんなことをしなくていい、メイドと主人という肩書はラベルでしかないんだから』なんてよくわからないことを言われた。奴隷とご主人さまは全然ちがうのに。
ご主人さまに至っては一度泣かれてしまった。そんなつもりはなかったけど、申し訳ございませんと言ったら、ごめんなさいで返されてしまった。
それでも、奴隷がしていい生活じゃない。普通のメイドとしても身に余る生活をしてしまっている。
まず、毎日ご飯が三回でる。普通は二回だ。一回でも文句は言えないのに、なんと三回出る。どんなに忙しくてもパンとスープ、ご主人さまやアオさまのお食事によってはお肉やお魚、野菜のサラダだって食べさせてもらえる。それも緑とか青色になったパンじゃなくて、前日に焼いたばかりのパンなのだ。さすがにご主人さまやアオさま用の『その日に焼き上げたふかふかのパン』には負けるけれど、それでもわたしにとってはシアワセの味だ。
あと、許可をわざわざとらなくてもトイレを使っていい。肥だめに持って行きやすいようにみたいな理由でそのへんの桶を渡されることがない。これもすごい。しかもトイレの間、変なことをしないようご主人さまや他の使用人に見張られたりもしないし、時間をかけすぎだと折檻されることもない。
お側に控えている時でも、変なものを隠し持っていないかの確認のためにいきなり服を脱がされたりもしなければ、『奴隷の焼印が消えてないか確認するからスカートをまくれ』と怒鳴られることもないのだ。……これをレナさまに話したら泣かれたので、『ふつう』ではなかったのかもしれない。ポーレット家が普通じゃないのか、前のフォリオ家が普通じゃないのか、よくわからない。
なにより、オーストレスのお屋敷にはわたし専用の部屋がある。ベッドと机でいっぱいいっぱいの小さな部屋でも、初めての個室だ。これはアオさまのおかげ。ナニーは子供部屋でいっしょに寝起きするものだと思っていたけれど、アオさまが『一緒に眠るのは恥ずかしいから』と部屋を用意してくれたのだ。
でも、リコッタ様とは一緒に寝られるアオさま。半分諦めたような顔をしているけれど、多分まんざらでもないんだと思う。
そんなアオさまについて行ったグレイフォート学院でも、メイド控室としてポーレット家が一部屋借り受けた結果、実質的な個室ができた。掃除道具やら何やらで倉庫みたいになったけど、それでも生活には不自由しない。リコッタ様付きでやってきているヴィクトリアさんやビオネッタさんにもよくしてもらっていて、ビオネッタさんも時々おしゃべりに来てくれるから寂しくもない。
もうジメジメとした石の床で寝なくていい。ベッドで寝たければちゃんとおねだりしろなんて言われなくてもいい。なにもしなくても、清潔でウジのいないベッドで眠れる。しかも綿のベッドだ。すごい。
体調が悪ければお医者さまにみてもらえる。なんならご主人さまの魔導術で大抵の怪我はなんとかなってしまうみたい。前のご主人さまに焼いてもらった焼印……お腹の下というか股のすぐ上に付けられたフォリオ家の紋章なのだが……も今のご主人さまの手にかかれば、ちょっとした火傷の跡ぐらいにはなった。あの時のご主人さまに泣きながら言われた『完全に元通りにはできなくてごめんなさい』の意味がわたしはまだわからない。レナさまがやったわけじゃない。でも『お前はもうまともな人生を歩けない』と言っていた前のご主人さまの言葉を必死に否定しようとしてくれていることはわかった。
ともかく、もったいないぐらいの生活ができている。なにより、こんなに良くしてもらったのだから、少しでも恩返しをしなくちゃ。
その分毎日てんてこまいだけれども、忙しいのは嫌いじゃない。
メイドとしての生活は日の出前から始まる。
朝は自分の身支度が終わったら、アオさまを起こして義腕の装着と、学院の制服へのお着替えを手伝う。日程やお使いの確認をして、お見送り。そうしたら、寮の居室の掃除。窓から床まできれいに磨き上げてから、わたしの朝ご飯。
アオさまが勉学に励まれている間に、必要な買い出しや他のメイドさんと一緒に寮の共用部お手入れのお手伝いを済ませる。共用部のお手入れはわたしの仕事ではないけれど、手伝った分だけ学院からポーレット家への請求が減るらしいので、できる限り全力でこなしている。こんなにもよくしてもらっているのに、さぼってお金をかけさせてはいけない。
まあ、請求が減るというのはわたしをこき使うためのほうべんで嘘だったらしいとはビオネッタさんに後で教えてもらったけど、それでもサボっていい理由にはならないと思う。
それに、きちんと仕事をすることが仕事をサボる人への最大の攻撃になるというのは、アオさまから教わった。仕事をすることは信用を買うことで、その信用が身を守ってくれる。実際に穴熊寮の寮母長さんには名前を覚えてもらえたし、砂糖を使ったクッキーをこっそり押しつけられたりしているから、間違ってないと思う。
お昼ご飯の後はアオさまからの『よみかきそろばん』の宿題をこなして、少しだけ休んだらもう夕方。アオさまは、毎日四時間から六時間、お勉強やお稽古に励んでいるのにまだ足りないみたい。最近は夕方にご学友のマハマさんから新大陸の言葉を習ったり、剣術のお稽古をつけてもらっている。
風の日の晩餐会以外は夜ご飯も軽めだ。アオさまが寮生のみなさんと歓談されている間に、わたしは『よみかきそろばん』の勉強の準備。歓談から戻られたアオさまから勉強をみてもらう。寝る時間になったらアオさまの腕を外して、挨拶をして退出。預かった腕の注油などをした後に、わたしの晩ご飯を食べて、おやすみなさい。
学校がお休みとなる太陽の日と星の日は、オーストレスの領地からの陳情書を読み込んだり、リコッタさまとお城に行かれたりとこれまた大忙し。それがなくてもアオさまは魔導義肢のまとまった整備をしたり、ご学友と乗馬の練習をしたり、アオさまが『なにもしていない』のを見たことがない。
……この生活、どう考えてもアオさまの方が忙しい。わたしが泣き言を言ってはいられない。
「……でも、アオさまが泣き言一つ言わないのは、やせ我慢だよね、きっと」
そんなことを呟いて、目的の路地を目指す。
今日はお世話になっている宿屋にパイを取りに行く。そのついでのお仕事のほうが重要だったりするけれど、わたしの仕事はパイを受け取ることだ。
「……」
目的の路地を一度通り過ぎる。脇の壁に木の枝が立てかけてある。枝付きの棒は『連絡事項あり』という合図。ここに枝なしの棒があれば、連絡事項なし。棒すらなければ『トラブル発生』だ。今日は枝付きの棒だから連絡事項ありだ。
……このあたりのサインを編み出したのは、アオさまが最近目をかけているスラム街の子、コリンだった。コリンも頭がいい子で、アオさまといっしょに『安全に手紙をやりとりする方法』をたった一日で作ってしまった。
たぶんわたしの様子をイヴァンかコリンが遠くから見ている。尾行されていないか、チェックしてくれているはずだ。わたしに尾行がなければ、枝が持ち去られる。宿屋からパイを買って戻った時に枝がなくなっていれば『安全』という意味だ。そうじゃなければ、トラブル発生として何もせずに真っ直ぐ帰る事になる。
「あらあらあら、ミネットちゃんこんにちは」
「こんにちは、リタ様」
「今日はベリーのパイよ。もう夏だものね」
宿屋『迷い猫』に行くと、奥さんがパイを用意してくれていた。木箱に入れてもらう。今日はマハマさんとの外国語の日だから、彼も食べるだろう。本当は明日も残しておいて食べる予定だったけれど、明日の風の日はアオさまはお城にお呼ばれしているし、元々の晩餐会もあるから明日の分は取っておかなくていい。パイは結構な量が残るはず。余ったらわたしやビオネッタさんで食べる事になる。本当にここのパイは美味しいから、ワクワクする。
「はい、銀貨二枚ね」
「こちらを」
預かったアオさまのお財布から銀貨を取り出してお代を支払う。チップも付けて多めに渡す。そのまま受け取ってもらえたということは問題なし。ジャンさんやご主人さまからの連絡もないらしい。なにかあると、『こんなにチップはいただけない』と言われて、中に手紙を仕込んだ仕掛け付きの銀貨にすり替わって返ってくる。
「ありがとうございました」
「いつでも来てね。待ってるから」
「ありがとうございます。リタ様」
宿屋を後にして、路地に戻る。枝が消えていたから、こちらも問題無し。路地の側溝に落ちていたカエルの死体から手紙を回収して、帰る。
デッドドロップ……アオさまがそう呼ぶこの手紙のやりとりは、よくできていると思う。だれも側溝でひっくり返ったカエルの死体を触りたいとは思わない。そこに手紙があるなんて、だれも思わない。
そして関係無い誰かが思いついて手紙を拾っても、読めないようになっている。『あんごうか』というものがしてあるらしい。わたしは読んでもわからないようになっている。しかもアオさまが言うには『暗号化のルールが誰かにバレて偽装されても、ちゃんと偽造されたことがわかる仕組みになっている』らしい。どうなってるのかアオさまに聞いても、あいまいに笑っただけだった。
そんな面倒くさいことをしているのは、きっとレナさまやリコッタさまを守るため。
「わたしにできるのは……これくらいだけど」
アオさまは頑張り屋さんだ。本当にどこまでも、頑張ってしまうひとだ。
そんな彼に救ってもらった命だ。だから、少しでも力になれるように。
「頑張るから」
呟いて、前へ。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。作者の笹木ハルカです。
タイトルが変わったことにお気づきの方もほとんどだとは思いますが、
本作は現在書籍化に向けて出版社さんと準備を進めています。
発売時期やレーベルなど、準備ができ次第改めてご案内いたします。
まもなく第二部も終盤、気合い入れていきます。
次回もどうぞよろしくお願いします。
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