ミスター・ブラックカランズの事情
それからは予想通り質問攻めにされた。特に、大休止と呼ばれるらしい三十分の休憩に入ると、僕とリコッタが囲まれることになって、それはもう大変だ。
リコッタに説明を全部丸投げしたいところだが、それをすると一〇割増しで美化されそうだ。出すべき情報をコントロールするためにも、しっかりと会話を進める必要がある。
「……つまり、リコッタ様が盗賊かなにかに襲われたところを助けちゃった、と」
「そうなるね。それまでは本当に何もない『ただのアオ』だったんだよ」
「いや。それで
いや、それは本当にその通りなんだけど。なんとかそこは目を瞑ってほしい。そう思ったところで追求の手がとまることはないんだけれども。
クラスメイトの反応は、男女で大きく分かれた。男子は『なんでお前が』とか『うらやましい』みたいな感じの声かけがある。これは大方予想通り。予想外なのは女子の方で『許嫁なら認めてあげなさいよ』とか、『さっさとくっつけ』みたいな、そんな感じの罵倒が飛んでくる。……なんでお前がとかならわかるが、応援するのはどうなんだ?
そんなことを思いつつも、なんとか追求を交わしている時だった。
「アオ・ポーレットはいるか?」
「はい。……どうされましたファルマン寮長」
声を掛けてきたのは紫色っぽい瞳をした狗鷲寮のクリストフ・ファルマンだった。見るからに不機嫌だが……まぁ、そんなときもあろう。
「話があるんだが、今少しいいか」
「もちろんです」
そう言って席を立つ。
「アオ様……?」
「大丈夫ですよ、リコ様。少し席を外しますね」
そう声を掛けてから走って側に寄る。
「河岸を変えるぞ。ついてこい」
「わかりました」
彼の右肩には僕と同じデザインの飾緒。つまりこの人が中等部四年の主席ということになる。腰にはサーベルが下がっている。なるほど、剣術もできるし文字通りの文武両道ということは、クリストフ・ファルマンがグレイフォート学院のバリナード分院にて最強ということだろう。
「……それで、どういうつもりだ。アオ・ポーレット」
「目的語を明らかにしてくださいファルマン寮長。……それともそれは、ミスター・ブラックカランズとしての問いですか?」
彼に睨まれる。
「睨まれてもわかりませんよ。なにに対してどう回答すればよいのかがわからなければ、答えようがありません」
そう問いかけるが、クリストフは鼻を鳴らすだけだった。あまり人気のない廊下、柱に背を預けるようにしたクリストフが口をひらく。
「……父上から硝石工場の話があったぞ。貴様の言った『鍵』とはアレのことか?」
クリストフはファルマン市長の息子でよかったらしい。ギャング団のブラックカランズを使うことはほのめかしていたから、クリストフにも話したのだろう。つまり、『ブラックカランズ』は公的な組織のバックアップを受けていた事になる。そこに僕が首を突っ込んだ形だ。
まあ、既に貴様と呼ばれるぐらいだから、僕の動きを警戒するだけのなにかがあった。
「はい。ファルマン市長には公爵閣下からお話があったかと思います。硝石採取人として、小柄な作業員の需要がまとまった規模で発生します。……そこに『ブラックカランズ』の人員を送り込んでください。硝石採取人の免状があれば、トイレのある建物なら合法的に入り込み、屎尿の汲み出しと硝石採取ができるようになります。ついでにその事前教育の名目で、子ども達に最低限の教育の機会を確保する」
「教育の機会だと?」
「衛生管理、安全管理、簡単な読み書きと最低限度の計算……裏路地の子ども達が表に戻るために必要な武器です。それらが身につけば、あなたによる統治も楽になるはずですよ。……少なくとも、大麻に頼るよりはラクになるはずです」
「貴様、どこまで知っている?」
「さあ? 知っていることは知っている。それだけです」
これで問題ないでしょう? と笑いかける。
「さて、僕は約束を果たしました。ミスター・ブラックカランズ、あなたの番です」
一歩踏み込む。
「戦争には必ず経済が先立ちます。鉄の価格、飼葉の価格、食料の価格。通貨に含まれる貴金属の量……戦争の前には、必ず値が動く」
「シェフィードでそれを計ってなんになる。帝国の動きなんてここでは掴めるはずが……」
「向いている方向が逆ですよ、ミスター・ブラックカランズ」
「なんだと?」
せめて悪く見えるといいんだけど、そう思いながら顔を歪める。
「はかるのはわが国、王国の情勢です」
「……貴様は大公樹立派か?」
そういえばあったなそんな派閥。たしか公爵領を独立させて、バリナード公爵を大公として担ぎ上げることを目標に据えていたんだったか。
「いいえ。ここで独立しても王国と対立してすり潰されるだけです。よくて帝国の橋頭堡として利用されるだけなんですから、なんで独立を推し進めなければならないのか理解に苦しみます」
わざとらしくそう言って肩をすくめる。
「確かに公爵軍は精強でしょう。少なくとも一つの川を挟んで何回も戦闘を繰り返して、帝国相手に競り負けていない。ですが、持久戦になればなるほど、公爵領の旗色は悪くなる。どこからその情報が漏れるか。いつだってそれは一般市民の食堂や酒場からです。ミスター・ブラックカランズ、いやファルマン先輩。多分あなたもわかっているはずだ。だから僕の提案に難色を示した。その情報を独占できるという優位を失いたくなかった」
すっと近づき、見上げる。
「僕はあなたが何を目的にして裏路地で組織作りをしているのか知らない。ファルマン市長が何を考えているのかを知らない。興味も無い。でも、ファルマン市長の親族が裏手の取りまとめに入っている」
それはすなわち、手を回す必要があるとファルマン市長が判断したことに他ならない。
「先輩は平日この学院を離れられない。そんな状況で影響力を先輩一人で維持できるはずがない。だからあなたは手下を『ブラックカランズ』に潜らせ、統治させているはずだ」
「それがどうした」
「だから、その
睨んでくるが、怖くはない。化かし合いは苦手だが、せいぜい悪く見えるように笑う。
「僕はツールを提供して情報を得る。あなたは僕のツールを使ってより強い影響力を得る。……僕を利用してください、クリストフ・ファルマン。僕はきっと切り札になれる」
「父上が頭を抱えるわけだ……第二期オーストレスのフィッツロイ男爵、アオ・ポーレットか」
「えぇ。呼び方はエルジック男爵の方がうれしいですけどね、どちらでも好きなように。呼び名は呼ぶ方が決めるものですので」
話は終わりですか? と聞くと肩をすくめられた。話は終わりらしい。
「まったく、食えないガキだ」
「ガキはお互い様です」
背を向けて教室に戻る。たぶん早めに戻らないとリコッタか誰かが探しに来るだろうし、クリストフと仲良しになりたいわけではない。
「待て」
「……まだ何か?」
「リコッタ・バリナード閣下とは仲が良いようだが」
「ええまぁ、いろいろありまして」
そう言うと黙り込むクリストフ。
「僕の事情でしたらファルマン市長がご存じでしょう。それでも足りないならリコ様に聞いてください。たぶん事実の三倍は美化された英雄譚を聞かせてくれます」
半分茶化してそう返し、さっさと歩き出す。角を曲がると頬を膨らませたリコッタと鉢合わせした。若干うつむき気味の彼女のいじらしい様子に、少し頬が緩む。
「……決して美化などしておりません」
「聞かれてましたか」
苦笑いでリコッタの頭をなでる。
「アオ様、最近わたくしの頭をなでれば何でも許されると思っていませんか?」
「では撫でるのやめましょうか」
「……いじわるです。やっぱり」
それよりも問題は、そのさらに後ろで団子になっている同級生集団で。
「隠れてるのはわかってるぞー」
「へっ?」
リコッタが慌てて振り返る。僕もそれにあわせて腕を引く。ちょうど黒いマントがいくつか消えていくところをリコッタも見ただろう。
「確かに恥ずかしいのですね……こういうのって」
「はい。ですが、もうバレにバレているのでしばらく話題の的になるでしょう。そこはお互い頑張って耐えましょうか」
そんな会話をしつつ教室に戻る間に考えをまとめておく。
ミスター・ブラックカランズ……クリストフ・ファルマンは、僕がスラム街で情報収集することに何らかの不都合を感じていると見ていい。そしてそれはおそらく公爵家がらみだ。そうでなければリコッタの話題を呼び止めてまで確認しないはず。
それがどのレベルで不都合なのかは、まだわからない。直近の実利だけを見るなら、僕がしようとしているのは、孤児達に教育を受けさせた上で仕事を与え、薄く広く、市中にばら撒くこと。それそのものに不都合があるのなら、スラム街に浮浪者を隔離し、他の地域の治安を向上させることが目的だろうか。
僕が武器にしたい『情報』というのは一朝一夕で手に入るものではないし、手に入ったからといって容易に扱えるものではない。その情報が信頼に足るかどうかの精査はもちろん、情報の鮮度を確保する必要もある。それらのインテリジェンスについてのアクションを公爵領がどの程度本気でとっているのか、僕はまだ知らない。知らないが無策で勝てるほど、戦場は甘くないはずだ。
僕は既存の諜報網のデバッガとしてブラックカランズを……正確には、そこから生まれるであろう大人になった出身者を活用したい。帝国が欲する情報がどの程度市井から収集されているのかを明確化し、平時には『持ち帰られても良い情報のみが持ち帰られる』状況を生み出す。カウンターインテリジェンスシステムの明確化を行いたいという目論みがあった。
だが、ファルマン市長とその息子が既に手をつけているということは、既存の情報網と早速かち合ったようにも見える。
(組織の乗っ取りだと警戒されているだけならいんだけど……)
公爵閣下は僕が市内で情報収集を実施することを許した。硝石工場の計画と、僕の情報収集を閣下はすでに紐付けていた。ブラックカランズを使おうとしていることに閣下も気がついている。それを荒らされることを望まないなら、明確に止めているはずなのだ。
つまり、ファルマン市長の情報網を公爵閣下は知らないか、知る必要が無い程度に末端ということになる。だからこそ僕は、そのまま突き進む判断をした。
ブラックカランズはファルマン市長の管轄ということだが、はてさて、それがどういう性質のものか、僕もしっかり判断しなければならない。
「味方ならいいんだけど」
「アオ様?」
「なんでもございませんよ、リコ様」
一歩分リコッタの前に出て、ちょっとだけ彼女を制止。一気にドアを開ける。
「だっ!」
「きゃっ!」
「いでっ!?」
目を丸くしているリコッタの前に何人か生徒が積み重なっている。
「……盗み聞きは紳士淑女のやることではないんじゃないかい?」
前途多難、とはこういうことを言うんだろうな。そんなことを思って小さくため息をついた。
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