【書籍化決定】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-

笹木ハルカ

歩荷の僕

歩荷の僕

 歩く、歩く。ひたすらに歩く。

 

 荷物を背負って目的地までひたすら歩くという仕事は、スキルがなくても字が読めなくてもできるので、僕のような子どもでもできる仕事として重宝される。歩いたところで日にパン一つ買えるかどうかという金額にしかならないけれど、捨てられて青空が屋根になる路上生活者は仕事を選んでいられない。だから歩く。商人ギルドの下請けのさらに下請けに買い叩かれた歩荷ぼっかの子どもA。それが僕の価値のすべてだ。


「アオ、交代しよう。次の野営地までもう少しだ。頑張れ」

「わかりました。代わりますね」


 僕達の仕事は二人一組で約二十キログラムの荷物を運ぶ。一人が荷物を背負い、一人が空荷で警戒。時々役割を入れ替えながら歩く。子どもとはいえこんなに軽い荷物……とはいえチビな僕の体重とほぼ同じ重さなのだが……ともかく荷物としては軽い部類のそれを二人がかりで運んでいるのは、長時間歩き続けるためだ。今回の荷物は馬用の飼葉。後から馬車でやってくる本隊に先行して野営地に到着しておく必要があるため、前の町から夜通し歩き続けている。それが今回は十二組。二十四人が引率役兼逃走防止の見張り役の大人に後ろからつつかれつつ歩いている。


「お前タフだな、アオ。まだちんちくりんなのに。何歳だ?」

「覚えている限り冬は四回くらいあったから、たぶん六歳か七歳か、そんな感じです」

「げ、三つも下か……やっぱり俺持つよ荷物」

「いえ、もう少しなんでしょう。大丈夫です」


 今回の相方は、上手く荷物を押しつけてサボりがちだ。まあ、賢いとは思うけど、晩御飯として出るであろうほとんど腐った野菜のスープをせびる材料にしたい。不味かろうがなんだろうが少しでも食べないと身体が持たないので、今は頑張っておく。


(それにしても文字通りのデスマーチ。前世のほうがまだマシじゃなかったか?)


 そう、僕にはおぼろげに前世というか、別の人生の記憶がある。そこで前の僕は『ボーエーショー』とかいう場所で『カンリョー』とかいう仕事をしていたらしい。おぼろげな記憶であるが働き過ぎで死んだらしい。次は理不尽にこき使われず、自分の意志で生きたいとか甘えたことを考えながら死んだらしい。

 

 らしいらしいと推量ばかりなのは、あまりに現実味がないことと、熱で浮かされた時に思い出したので本当かどうか怪しいからだ。それに、理不尽にこき使われず、自分の意志で生きたいと言っているなら、こんな路上生活のガキに生まれ変わった時点で大失敗だ。


 いや、記憶の奥底にいるこの世界での母親は着飾っていたから商人かなにかだったのかもしれない。生まれる前は良かったのかも。まぁ、その母親から捨てられたんだけど。捨てられる前の名前も覚えていないくらい昔だから、なぜ捨てられたかなんて覚えていない。口減らしか、私生児だったのか。拾われたのは冬だったらしいから、多分口減らしだろう。


「まあ、いいけどさ」

「アオ?」

「なんでもない」


 そう答えて荷物を背負い直す。子どもで許されるのは貴族の特権だ。平民、ましてや路上生活者に子どもはいない。出来損ないの大人としてしか生きられない。前世の僕は『ダイガク』とかいう学校に通えていたので、きっと貴族だったのだろう。少し羨ましい。もっとも、今の僕には縁遠い話だ。


 今の僕、苗字もなにもないアオにはもう戻れない世界なのだから。


「それにしてもアオ、あの馬車見たか? 四頭立ての貴賓車なんてはじめて見たぜ」


 相方の男の子がずっと声をかけてくる。私語ばかりだとどやされるかもしれないが、本隊の馬車の車列はまだ後方のはずなので、甘く見てもらえている。


「今回ってそんなにすごい人だったの?」

「お前知らずに飼葉担いでたの? バリナード公爵! 今から行くバリナード公爵領のお貴族様だよ!?」

「なんでそんな偉い人なのに僕たちを使うんだろう?」

「それこそ知らないよ」

 

 相方の男の子は笑って一人でかっこいい。いつか兵士になりたいと言い続けている。


 バリナード公爵領……僕がいた街はファイフ公爵領と言われていたので、隣の地域かさらに隣の地域だろうか。距離がわからないが、ともかくかなり遠くまで行くことになる。確かこの契約は現地解散だったから、無事にバリナード公爵領までたどり着けたら、そのまま現地でホームレスになるしかなさそうだ。行った先で寝る場所ぐらいみつけられたらいいけど。


 浮浪者にもルールがある。概してよそ者には厳しいが、子どもであるうちは、便所の汲み出しだったり、煙突の掃除だったりと、小柄さが欲しいけどキツい仕事には結構簡単にありつける。楽をしたいとかお金がほしいとか欲を出すとあっという間に殴り合いになるが、『死なないだけ』ならなんとかなる。ちょうどこれから春なので、毛布が無くても凍えなくて済むのは気が楽だった。


 もちろん、浮浪者から脱却できるに越したことはない。とはいえ、貴族様に召し抱えられるような特技もないし、劇的な大逆転なんて見込めない。しばらくはホームレス生活を続けるしかないだろう。


「それにさ、明日の夕方には街につくから飼葉を背負って先に行く必要なくて馬車も見放題! いいとこ見せたら小間使いでもなんでも、公爵軍に召し抱えてもらえるかも!?」


 考え込んでいる間も相方はずっと話していたらしい。話題を振られたので、愛想笑いを返す。

 

「そんなうまくいかないでしょ。まずはできることをやるしかないよ。僕たちまだ子どもなんだから。軍は十四歳を超えないといけないんじゃなかった?」

「そりゃそうだけど、俺十四歳には見えない? 四つぐらい何とかごまかせないかなと思うんだけど」

「……頑張ってね」


 暗に無理だと思うと伝えるが、満面の笑みで『頑張る!』と返ってきたあたり、たぶん伝わっていない。


「でも確かに、軍隊なら身分も関係なく入れるし、食事の心配しなくていいからね、十四歳になったら僕も考えるかな……まだ先だし、それまで生きてるか分からないけど」

「アオは荷物いっぱい持てるし向いてるかもな!」


 あっけらかんと笑ってくれるのは気が楽だ。まずは生き残るために、歩くしかない。生き残るというのはそれだけ大変なのだ。




   †




 夜が明けて次の日、担当していた飼葉が使われて手が空いたので、今日は兵士の荷物の一部を背負っていくことになった。夜のうちに眠れたのはかなりラッキーだった。貸し出された外套を着て、軍の移動速度に合わせて小走りでついていく必要がある。これは結構大変で、寝てなかったらついていけなかった気がする。


 昨日の相方は出発地に戻る荷車の移動によばれていたので別れてしまった。たぶん彼のほうがこの仕事をやりたかったに違いない。今日は貴賓車の後ろの槍兵と一緒だ。

 

「よぉ、坊主。これも持ってくれ」

「はいっ!」


 僕は兵士が使う投槍のスペアを背負って走っている。両手が空くので時々汗拭きの布きれ等を預かって走ることになる。身長よりもかなり長い槍が背中から生えている姿はかなり滑稽だろう。


「フォルマル商会もいい人材を抱えているな。坊主、十四になったら公爵軍を受けるといい。歓迎するぞ」


 フォルマル商会なんて初めて聞く。たぶん僕たちを買い叩いた商会だろう。たぶん兵士の人は僕達の出自を知らない。当たり前だ。知る必要はないからだ。それでも評価されてると思うと少し心が軽くなるあたり、僕はまだまだ単純で、不用心だ。騙されて犯罪に使われたり、臓器を売られたりといった事件はよくある。それでも、うれしくなってしまう。


「ありがとう、ございます!」


 走りながらなので返事はかなりぶつ切りで、半分叫ぶようになってしまった。


 僕の前には四頭立ての馬車が一台、そのさらに前には馬に乗った騎士が二人。馬車には昨日の彼が言っていたバリナード公爵家の人が乗っているようだ。

 

 僕の後ろには、兵隊を挟んで荷馬車が何台か。この荷馬車に速度を合わせて走っているらしい。おかげで全力疾走をしなくてすんでいる。ありがたいと思う。荷馬車の後ろにも兵隊が続いている。これだけ大きな隊列だから人手が足りず、ホームレスの子どもまで駆り出したのだろう。


 貴族様か。それはそれで大変なんだろうな。美味しいご飯とかフカフカベッドには憧れるけれど、貴族という身分に憧れるかというと、そうでもない。こんなに人を使っていろいろしているのだ、まさかバカンスではないだろう。色々な仕事があって大変に違いない。


 そこまでして何を運んでいるのかとか、何で貴族様がこんな強行軍で野営が必要な所を突っ切っているのかとかは知らない。気にならないかと聞かれたら嘘になるが、わざわざ歩荷の子どもにそんなことを問いかけてくる物好きもいない。こちらから聞いて変に疑われて投獄されるのはごめんだ。


 だから割り切る。前の人生でもそうしていたらしいし、それでいい。

 巻き込まれても面倒だし、巻き込まれるのが確定してから聞いても遅くないはずだ。


 その、はずだったのだ。


「――――!?」

「――――、――――!」


 始まりは後方が騒がしくなったことだ。


「何が……」


 横で走っていた槍兵の兵隊さんが振り返った直後、その喉に長い何かが突き刺さる。どうと倒れるその兵士に驚いている余裕はない。刺さったのは矢尻だ。矢を誰かが射掛けた。


 つまり、何者かに襲われている。


敵襲インカミング! 敵襲インカミング! 公爵閣下をお守りしろ! 武器を取れ! 武器を取れ! 武器を取れ!」


 指揮官らしき人の声。僕が槍を渡すべき兵隊は倒れてしまった。こういうときにどうすればいいかなんて聞いたことはないのだが、逃げるとマズそうというのはわかる。というより、逃げたところで子どもの足だ。一人では逃げ切れないし、公爵軍の徽章が入った外套を着ているのだ。敵に見つかったら殺される。


 襲ってきたのは魔物じゃなく、人間のようだった。おそらく山賊。馬に乗っている。どう戦えばいいかなんてわからないし、戦うのは僕の仕事ではない。本業の兵隊の仕事のはずだが、浮き足立っているように見える。


 見回して、槍兵の側に寄る。背負っているのは槍だ。投げたり壊れたりした槍のスペアを背負っているのだから、槍兵の側に居た方が都合が良いに違いない。


 僕から五メートルぐらい離れた場所の地面がはぜた。明らかに矢の攻撃ではない。バランスを崩してたたらを踏む。


「爆裂魔導攻撃……! 魔導師がいるぞ!」


 誰かが叫ぶが、叫ばなくてもみんなわかったはずだ。脈絡も無く地面をはぜさせることができる技術なんて、この世界では魔導術ぐらいしかない。魔導師はとても希少な素質で、そのほぼ全員が領土持ちの貴族に召し抱えられている。むかし一緒にホームレスしていた女の子は、魔導に目覚めた翌日に徴募官に見つかって、ほぼ人攫いのように何処かへ連れていかれた。


 ただの盗賊に襲われているわけではなさそうだ。


 そんなことを言ったところで状況は解決しない。槍兵の側に寄り背負った槍を下ろす。


「坊主! 槍置いたらどいてろ。邪魔だ!」

「はいっ!」


 槍兵の言うことは当たり前だ。こんな非力な子どもが足下をちょろちょろしていて戦えるわけがない。荷物を置いたらさっさと下がるに限る。それは僕が丸腰になったことを意味するのだけど、そもそもこのチビな身体で戦うことそのものに無理がある。丸腰の方が絶対安全だ。


 下ろした槍の穂先を地面に刺して立てておく。背負っていたのは五本。少しはマシになればいいが。


 どいてろと言われたので隊列の前の方向、つまり貴賓車の方向に走って槍兵の後方に抜けようとする。槍兵が前に出るにしろ、後ろに逃げるにしろ、投げてない槍は回収して走らないといけないかもしれない。逃げても逃げ場がない以上、協力するしかないのだ。離れすぎないように、でも、兵の邪魔にならない場所を探して走る。


「槍兵隊、投擲はじ――――」


 槍兵の隊長らしき人の言葉がそこでかき消えて、衝撃がきた。爆裂魔導攻撃が至近距離で弾けたか。とっさに何があったのか見ようと首を振ったのが運の尽きだった。


 振り向いたタイミングで音がする。一面の白。ナニカが爆ぜたような色。振り向いた方向的に、後ろの荷馬車が爆心地か。その爆風でナニカが飛んできていた。水色の何か。ガラスか、宝石か。それが左目の視野一杯に広がって――――――――ブツン。


 そして、真っ暗になった。

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