最終話 あのね。

「コヒー!!裏切ったってどういうこと⁉」

「アカネはいつもそうだ!!私の気持ちなんて、何にもわかんないくせにッ!!」

アカネ4番機コヒー3番機からの射撃を警戒して物陰に隠れながら、コヒーに問いかけ続けた。

「言ってくれなきゃ分かんないよ!!」

「なんで私と一緒にいてくれないの?なんでアンナなの⁉なんで私と一緒にいてくれないの⁉」


アカネ4番機は地面を蹴り、物陰から飛び出した。

接近しなければ、じり貧になって押しつぶされてしまう。

背中の推進器を全開にして、出来るだけ早く接近を試みる。

前腕部のカバーを外し、アカネ4番機に残された最後の武器を取り出す。

敵の長剣よりずっと小さく、頼りないサイズの短剣。

手首を振り、持ち手に仕込まれた刀身が展開される。


「自分からやられに来てえッ!!」

避け続けろ、恐れるな。

私が死んだら、だれがアカネを守るというのか。

推進機の方向はずっとコヒー3番機に向けたまま、足で地面を蹴り、致命的な敵弾だけは回避し続ける。

「なんで当たんないの⁉」


コヒー3番機は右腕を向け、グレネードを放つ。

一発は回避するが、もう一発は胴体に直撃し、衝撃で飛び散ったモニターの破片が太股や胴体に突き刺さり、コックピットの壁に血液が舞う。

「あがッ!!」

痛みで消えてしまいそうな意識を必死にかき集めて、足先と右腕に乗せる。

へこみと弾痕が痛々しく残る両脚が地面を蹴り、コヒー3番機との最後の距離を詰める。


ここで死んでいった仲間のためにも、私達に『スレイプニル』を託してくれた人達のためにも、そして何より、最愛の妹であるアオイのためにも。

私がここで死ぬわけにはいかないのだ。

戦った仲間達が残した生きた証を、持ち帰ってやらなければいけないのだ。

オイルと衝撃吸収剤を血のように撒き散らしながら、右腕が振り上げられていく。


刃の下にあるものを出来るだけ考えないように、モリニアのためには、アオイのためには、そうするのが絶対の正解なのだと信じて、刃を振り下ろした。


――――


「見えた……サヤカ!!」

「はい!!」

サヤカはグラニのコックピット……スレイプニルのものとは似てるようでかなり違うコンソールに手を伸ばした。

スレイプニルのものほどではないにせよシンプルなスティック型の操縦桿を握りしめ、レバーを引き絞ると、コックピットシートと操縦桿のそれぞれに内蔵された金属の輪が飛び出し、手首足首に合わせて口径を縮め、しっかりと固定する。


直後襲い掛かる電気的な衝撃に、顔をしかめながらも耐えたサヤカは、待機中に読んでいたマニュアルに従い、グラニの目を開けた。

モニターが転倒し、視界いっぱいの草原を映す。

トレーラーから送信され、視界の隅に映ったレーダーには、自分とトレーラー以外に、一つの光点。

これが、帰還中の味方……?


光点が一つしかないのは、全員でまとまって歩いているからなのか、もう1機しか残っていないからなのか。

ふと浮かんだ悪い妄想を頭を振って振り落としたサヤカは、機体の固定具が全て外れたことを認識すると、足元の物理ペダルを勢いよく踏み込み、自動車であれば確実に危険運転扱いされるような勢いで飛び出した。


推進機から生み出される圧倒的な速度によってシートに押し付けられながらも、サヤカは祈り続けていた。

「待っていて……すぐ着くから……」


サヤカグラニは大体5キロほどの道を2分程度で駆け抜けて、生き残った機体のもとに辿り着いた。

「救援に来ました。聞こえますか……?」

しかし、返事は無い。

両腕を失い、穴だらけの足を引きずりながら歩くそれは、ただ歩くことを繰り返していた。


「待って……!!」

自分に気づかずに通り過ぎてようとするその機体をどうにかして止めようと機体の行き先を塞ぐように立つても、構わずにその機体は歩いていた。

手を差し出し、指先が機体に触れる。

その時だった。

糸が切れた人形のように機体が足から崩れ落ちたのだ。

サヤカに体重を預ける形になったその機体の左肩には、消えかかった『IV』というマーキングが朝日を受けて輝いていた。


――――


その後の数か月は、モリニアにとって、激動の日々となった。

軍事行動のほとんどを目の敵にしている現議長も国境が破られたとなれば流石に動かざるをえず、軍事、外交の両面で遅すぎる行動を始め、一か月もたたずに国境はもとの形に戻り、議会は大々的に問題の終結を宣言した。


しかし、一時的にせよ国境が破られたことにより多数の東側勢力がモリニアに流れ込んだと言われており、それらのテロ紛いの破壊工作にモリニア軍は後手後手の対応を取らざるを得なくなる。


帰還した『スレイプニル』4番機のパイロットはサヤカ達による回収の1時間前にはコックピット内で絶命しており、彼女がその命と引き換えに持ち帰ったデータによって第三世代TDティターン・ドールの課題点が示され、『自殺事故』と呼ばれたそれの対策のため、人形師ペパーティアシステムと呼ばれる外付けの指揮統括システムが開発されることとなった。


第三世代TDティターン・ドールが思考だけでなく、オペレーターの感情すら読み取ってしまうこと。

それが『自殺事故』と、オペレーターを失いながらも回収ポイントまで歩き続けた4番機の起こした奇跡の原因であることは、専門家ではないサヤカにも分かった。


騒ぎが落ち着き、久々の自由を得たサヤカは、故郷から少し離れた海辺の町まで来ていた。

4番機のレコーダーから託された名前も知らないオペレーターの最後の願いを叶えるためだった。

サヤカは、壁にもたれかかる一人の少女に対して、声を掛ける。

託された命のバトンを、次につなげるために。

姉から託されたそれを、誰かに託すために。


「あのね、君と一緒にしたいことがあるの」

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