第32話 たかが選手が

 ホワイトタワーの亡霊と対話を交わしてから数日、学園の空気は確実に変わっていた。


 生徒たちは、かすかに気付き始めていた。自分たちが「選手」として扱われていることに。


 成績、態度、血統、献身――

 すべてが評価され、序列が生まれ、「上」と「下」が作られていた。


 音羽は、学園の権力構造に食い込むべく、再び校舎裏の旧倉庫へと向かっていた。そこには、クロノとは別の男――学園最古の部外者、「雲雀ヶ丘タクト」がいる。


 彼はこの学園のシステムに“最も早く抗った”男だった。


 だが、その倉庫の前で、意外な人物が音羽の前に立ちはだかった。


 教務主任・猿渡猛さわたりたける


 筋骨隆々とした男で、かつてはオリンピック候補だったという伝説を持つが、今は完全に“システムの番犬”として存在していた。


「音羽音羽。……お前、どこに行くつもりだ?」


 音羽は黙ったまま猿渡を見上げた。


「お前はね、最近勘違いしてる。“選手”のくせに、自分の立場を忘れてるんじゃないか?」


 その言葉に、音羽の中で何かが冷たく反応した。


 猿渡は続けた。


「無礼なことを言うな。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が。」


 その瞬間、倉庫の奥から誰かの笑い声が響いた。


「……はは、猿渡。お前のそのセリフ、20年前から変わってねぇな。ナベツネの真似してるみたいけど、似てねぇよ」


 タクトが現れた。煤けたジャージ、片目に包帯を巻いた中年の男。だがその瞳は、かつてフィールドを支配した者の光を失っていなかった。


「お前は何でも“選手”にするが、“人間”にはしない。だからお前の教育には“魂”がない」


「貴様……! 退学処分になったくせに、なぜここに……!」


 タクトはゆっくりと歩き出す。


「選手じゃない奴の言葉は、耳に入らねぇか? それならいい。“選手”じゃない俺たちが、これから“ゲーム”のルールを変えてやる」


 音羽が言った。


「私は“選ばれる”ためにここに来た。でも今は違う。“選ぶ側”がどうしてそんなに腐ってるのか、確かめたい」


 猿渡は拳を握りしめた。


「なら見せてみろ。お前の“戦い方”を」


 タクトが手をかざすと、壁に貼られたボードが動き、倉庫の奥に異様な空間が現れた。


 無数のモニター、白と黒のチェス盤、赤いカーテン。その中央に置かれたルールブックにはこう書かれていた。



---


> ルール名:分際審判ぶんざいしんぱん


 プレイヤーは“身分”と“実力”を用いてゲームを行う。


 嘘をついた者は、次のターンで“階級”が1つ下がる。


 真実を貫いた者は、1段昇格するが、代償として“過去”をさらけ出さねばならない。


 最後に最上階に立つのは、“分を超えた者”である。


---


「これは……?」


タクトは笑った。


「“たかが選手”の反逆が始まる儀式だよ。お前たちはもう、ただの生徒じゃない。“審判”だ」


 音羽の目に炎が宿る。


「わかった。だったら――私が全部ぶっ壊す。身分も、階級も、“教師様”の思い上がりも」


 猿渡が吠えた。


「たかが選手があああああああああああああっ!!」


 だがその咆哮を飲み込むように、倉庫の天井が閉じ、ゲームが始まる音が鳴り響いた。


 次の“戦場”は――

 教育という名の処刑台だった。



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