第26話 《封印遊戯〈リチュアル・ゲーム〉》

 春霞の差す午後のひととき。

 アカシック学園の広々とした中庭では、久しぶりの晴天を喜ぶように、生徒たちの笑い声がちらほらと聞こえていた。


 鍔=アッシュフォードは、その喧騒を遠巻きに見つめながら、手にした古びたノートのページをめくっていた。レンとクロノが残した手記。その中には、かつての「災厄」に関する断片的な記録や、学園に伝わるいくつかの儀式、そして“八犬伝位置ゲーム”の記述が残されていた。


「……八つの魂が、正しく位置を占めし時、虚無の扉は閉じられる」


 そう、これはただの遊びではない。

 この位置ゲームは、古くから学園の一部の生徒たちの間で「儀式」として伝わってきたもの。

 名門校らしい伝統の皮をかぶった“封印”の一端だった。



---


「やろうか、ゲームを」


 放課後、鍔の言葉に呼応するように、数名の生徒たちが旧礼拝堂に集まってきた。


 旧校舎の一角、既に使用されなくなった礼拝堂は、ステンドグラス越しに差す光がゆらめく幻想的な空間だった。

 生徒たちは、それぞれ八犬伝に登場する“八つの徳”に対応する役をランダムにくじ引きで引き、学園内に散らばる“位置”に自分が立つことで、見えざる結界を構築することになる。


【八つの徳】


1. 仁



2. 義



3. 礼



4. 智



5. 忠



6. 信



7. 孝



8. 悌



 それぞれの徳に対応する「場所」が学園内のどこかに存在し、各自がそこへ向かい、指定の時間に一斉に祈りを捧げることで、災厄を封じるという。


「……でも、これって本当に“遊び”なのか?」


 生徒の一人が不安げに口にした。

 無理もない。ここ数日、生徒の間では妙な現象が相次いでいた。

 誰もいないはずの通路から足音が響き、黒板には見覚えのない文字が浮かび、鏡に映るべき影が「一つ多い」と囁かれていたのだから。



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 鍔が引いた札は「信」。


 それはかつてレンが引いていたものと同じ徳であり、奇妙な偶然に彼は眉をひそめる。

 そして「信」の位置は、“図書塔の地下・封印の間”――あの、クロノが通い続けていた場所だ。


 鍔は独り、学園の地下へと降りていく。


 息が白くなるほど冷たい地下通路を進むと、やがて開けた石造りの部屋へたどり着く。

 部屋の中央には、まるで時が止まったかのように、埃を被った椅子が一つだけ置かれていた。


 そこに、彼女がいた。


 クロノ=レイヴン。


「……久しぶりね、鍔=アッシュフォード」


「……やはり、君は“いないもの”なんだな」


「でも、あなたもそうなる覚悟を持ってきたのでしょう?」


 クロノの声は、どこか嬉しそうで、どこか寂しそうだった。

 彼女の眼帯の奥から、微かに紅の光が滲む。


「災厄はもう、学園の“深層”に触れている。八つの位置が揃えば、一時的にその侵蝕を遅らせることができる。でも……今年の“それ”は、もっと強い」


「霊が……物理的に人を殺せるほどに?」


 クロノは小さくうなずく。


「“それ”は、すでに八つの徳のうち、ひとつを喰ってしまったわ。“悌”の席に立つはずだった少女、昨日……姿を消した」



---


 礼拝堂にて、残る七人の生徒が定位置に立ったその瞬間――


 封印の間にいた鍔の前に、“存在しない者”が現れる。


 顔のない制服姿の生徒。声も、名も、記録もない“欠落”そのもの。


 鍔は、レンがかつてそうしたように、自らを「いないもの」としてその者に近づいていく。


 そして、クロノの声が静かに響いた。


「――これが、君の“信”の試練よ。鍔=アッシュフォード。君は、本当に“この世に存在しない”と証明できる?」


 その時、礼拝堂では血のような雨が天井から降り始めていた。七人の徳の円が、今、崩れようとしていた――。



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