第23話 マシンガン打線
レンは、冷たくなったセリアの身体を抱きかかえ、雪が降り積もる学園の裏手を、ただひたすらに歩き続けていた。意識は朦朧とし、足元は覚束ない。白い息が夜空に溶け、凍てつく風が彼の頬を容赦なく叩く。しかし、レンの瞳には、何も映っていなかった。ただ、セリアをどこかへ連れて行こうとする、本能的な衝動だけが彼を突き動かしていた。
その時、レンの脳裏に、唐突に、そして鮮明に、ある記憶が蘇った。それは、かつてセリアと二人で観戦した、あの熱狂的な野球の試合の光景だった。
「マシンガン打線…」
レンは横浜ベイスターズを推していた。70年〜80年代、不遇の時代を過ごしてきた大洋ホエールズ。球団名が変わっても大して良くはならなかった。
三原監督の下で優勝した60年から38年ぶりに歓喜の瞬間を迎える。1998年10月26日だ。
1番・石井琢朗から始まるマシンガン打線。波留→鈴木→ローズ→駒田→佐伯→谷と続く超能力打線。日本シリーズでは東尾が率いる西武を4勝2敗で破った。
レンは掠れた声で呟いた。バットが唸り、ボールが弾け飛ぶ音。次々と塁を埋めていくランナーたち。止まることを知らない猛攻。あの時の、圧倒的な力と、勝利への執念。それは、まるで彼の内側で、何かが壊れ、そして再構築されようとしているかのような、奇妙な感覚だった。
「打て…打て…! 止まるな…!」
この言葉が、彼の脳内で、まるで呪文のように繰り返される。レンは、セリアを抱きしめる腕に、さらに力を込めた。雪の中を歩く彼の足取りは、まるでバッターボックスに立つ打者のように、一歩一歩、確かなリズムを刻み始めた。彼の心は、あの「マシンガン打線」の猛攻と一体化し、セリアを「ホーム」へと連れ帰ろうとする、狂気じみた使命感に燃え上がっていた。
一方、クロノ副学長は、霊安室の空白に立ち尽くしていた。レンがセリアの遺体を持ち去ったという事実に、背筋が凍る。
「まさか…こんなことが…」
彼はすぐに学園の警備システムに連絡を取り、レンの捜索を指示した。しかし、この雪の中、意識のないレンがどこへ向かったのか、見当もつかない。
「レンくん…一体、どこへ…」
クロノ副学長は、レンの手記の最後のページをもう一度見つめた。そこには、乱れた文字で、こう書き加えられていた。
「俺は、セリアを、ホームに帰すんだ…」
その言葉が、クロノ副学長の胸に、重くのしかかった。レンの狂気が、セリアへの執着が、彼をどこまで連れて行くのか。雪は、降り止むことなく、アカシック学園全体を白く染め上げていた。
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