第21話 バイソンの咆哮

 薄暗い地下通路を、一人の少年が進んでいた。名は鍔。緑の間の生徒で、歴史の知識と、何よりも強い探究心を持つ彼が、古地図の示す先に最初に到達したのだ。彼の胸には、キャサリン・オブ・アラゴンが味わったであろう孤独への共感が渦巻いていた。

「この学園は…表向きは完璧に見える。だけど、俺たちはみんな、レン様の目に見えない鎖に繋がれてるみたいだ」

 鍔は独り言ちる。足元には、埃をかぶった石の床がどこまでも続く。ひんやりとした空気が肌を撫で、遠くから水の滴る音が聞こえるばかりだ。

「きっと、ここには何か隠されてる。カタリナの、キャサリン王妃の…いや、俺たちの、本当の自由を取り戻すためのヒントが…!」

 彼は右手に握りしめた小さな古びた剣の鍔を、キュッと握りしめる。それは、彼の祖父が遺した形見であり、どんな困難にも立ち向かう勇気を与えてくれるお守りでもあった。

 突然、通路の先にわずかな光が見えた。そこには、錆びついた鉄扉が立ちはだかっていた。扉の中央には、紋章のようなものが刻まれており、それはキンボルトン城の紋章に酷似していた。

「ここが…ロンドン塔…!」

 鍔は息をのんだ。古地図が示す通りの場所だ。扉には重厚な鍵がかかっている。しかし、鍔は諦めなかった。祖父の鍔を撫で、集中する。

「どんなに堅牢な扉でも、必ず開く方法は存在するはずだ。歴史が、そう教えてくれている。ヘンリー8世がキャサリン王妃を閉じ込めたように、レン様も俺たちを閉じ込めてる。だけど、決して屈しない。王妃が最後まで矜持を失わなかったように、俺も…!」

 彼は扉の仕組みを丹念に調べ始めた。鍵穴に目を凝らし、わずかな隙間を探る。そして、ふと、鍔の形が鍵穴にわずかに合致することに気づいた。祖父の形見である鍔は、単なるお守りではなかったのだ。

「まさか…こんなところに、こんな仕掛けが…!」

 震える手で、鍔を鍵穴に差し込む。カチリ、と鈍い音が響いた。そして、重い扉がゆっくりと、しかし確実に開いていく。扉の奥には、漆黒の闇が広がっていた。その闇の先には、一体何が待ち受けているのか。歴史の亡霊か、それとも新たな秩序の幕開けか。

 鍔は深呼吸をして、一歩、また一歩と、その闇の中へと足を踏み入れた。

 闇の先に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。かすかな光が差し込む広い空間の奥から、低く唸るような音が響いてくる。それは、まるで巨大な獣の息遣いのようだった。鍔は警戒しながら進むと、その空間の中央に、信じられないものが置かれているのが見えた。

 それは、巨大なバイソンの像だった。しかし、ただの像ではない。その体からは微かに蒸気が立ち上り、瞳には青白い光が宿っている。機械仕掛けの、あるいは生物兵器のような異様な存在感。まるで生きているかのように、わずかにその巨体を揺らしている。

「な、なんだ…これは…?」

 鍔の口から、掠れた声が漏れた。

 その時、バイソンの像がわずかに頭を上げ、その口から低く、しかし明確な機械音声が発せられた。

「…ようこそ、侵入者よ。ここはお前が来るべき場所ではない」

 鍔は思わず後ずさった。像が話すことに加え、その声には一切の感情が感じられなかった。

「お前は、誰だ!? なぜ、ここにいる!?」鍔は必死に声を絞り出す。

「私は…この学園の…『守護者』。レン様が築き上げた完璧な秩序を…脅かすものを…排除する…」

 バイソンはゆっくりと立ち上がった。その巨体は、見る者を圧倒する威圧感を放っている。

「排除…だと? 俺たちは、ただ真実を知りたいだけだ! レン様の秩序が、本当に完璧なのかを…!」

「真実は…不要。秩序こそが…全て。混乱を招く因子は…排除するのみ」バイソンの瞳の青白い光が、さらに強く輝いた。

「そんな…! ヘンリー8世が、キャサリン王妃を排除したように…レン様も、自分にとって都合の悪いものを排除しようとしているのか…!? 俺たちは、王妃と同じように、この地下に幽閉され、忘れ去られようとしているのか!?」

 鍔の言葉に、バイソンの動きがわずかに止まったように見えた。しかし、すぐにその巨体は動き出す。

「抵抗は…無意味。お前たちの探求は…この地で終わりを告げる」

 バイソンはゆっくりと、しかし確かな足取りで鍔に迫ってきた。その一歩一歩が、重い足音を立て、地下空間に響き渡る。鍔は祖父の鍔を強く握りしめた。

「終わらせるものか…! 俺たちは、キャサリン王妃の…カタリナの魂を継ぐ者として、決して諦めない!」

 彼は、その巨大な影に立ち向かう覚悟を決めた。このバイソンこそが、レンの「完璧な秩序」の、そしてロンドン塔の真の守護者だったのだ。

 鍔は、この巨大な機械の守護者「バイソン」を前に、どう戦うのだろうか? そして、ロンドン塔のさらに奥には、何が隠されているのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る