第6話 チョーク

 レンがチョークを強く握りしめたその瞬間、彼の指先にかすかな熱が走った。まるでチョーク自体が目覚めたように、小さな光の粒子がそこから零れ落ちる。


「……このチョーク、普通じゃない」


 レンは呟いた。セリアもそれに気づき、目を見開いた。


「そのチョーク……光ってる?」


 レンは頷き、ふと記憶の奥底に眠っていた、かつて師から教わった一節を思い出す。


> ――“記す者の意志が強ければ、チョークもまた意志を持つ” 




 “心”というルーンが浮かび上がった黒板に向かいながら、レンは自問する。自分の“心”は誰のものなのか?

 敵に操られる前に、自らの意志を刻みつけなければならない。


「チョークが、こっちの“感情”を読み取ってる……これは、“共鳴式”の応用かもしれない」


「レン、それってつまり……」


「チョークで書く言葉が、そのまま術式になる可能性がある。“心”の支配に対抗するには、自分自身の“記憶”と“感情”をそのまま文字にして書き換えるしかない」


 黒板に浮かぶ“ココロ”のルーンは、見る者にさえ錯覚を与える。セリアの瞳が一瞬、虚ろになった。


「ダメ……レン、わたし……思い出が……こぼれていく……っ」


 レンは叫んだ。


「セリア!チョークを持て!自分の名前を書け!」


 セリアは震える手でチョークをつかみ、黒板の下部に“SERIA”と書いた。その瞬間、ルーンの呪縛が砕け、意識が戻る。


「っ……ありがとう、レン……!」


「忘れるな。チョークはただの筆記具じゃない。“意志”を刻む刃だ。だからこそ――俺たちには、書く力がある」


 レンは“ココロ”の下に、ひとつずつ、自分の感情を記した言葉を書き連ねていく。


 IKARI(怒り)

 AI(愛)

 ZETSUBOU(絶望)

 KIBOU(希望)


 そして最後に――


 JIYUU(自由)


 その瞬間、黒板の全体が白く発光し、巨大な“心臓”のような脈動を見せたかと思うと、音もなく砕け散った。


 セリアは静かに、割れたチョークを拾った。まるで役目を終えた兵士のように、それはただの石片になっていた。


「……これが、“心”の試練だったの?」


 レンは静かに頷いた。


「いや……これはまだ“試金石”だ。本当の敵は、“心”を操るだけじゃない。“書き換える者”だ」


 教室の外から、遠く鐘の音が響いてきた。学園の中心――大講堂で何かが始まっている。


 レンはポケットから新しいチョークを取り出し、呟いた。


「次の戦いは、“名前”と“存在”の意味を問う……そんな気がする」


 そして、ふたりは再び歩き出す。


 チョークと、意志を武器にして。





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