君はスタジアムに吹く風のように

深海魚

1①


 僕の左目は生まれつき失明している。左目には義眼が入っているが、顔をよく見れば左右の目がアンバランスなのは一目瞭然。だから僕は人の顔を見ながら話すのが苦手。それでもあえて高校教師になった。

 「先生、目が変」

 と生徒から言われるのが嫌だから、去年から自己紹介するときに自分から公表することにした。今年の四月も最初の授業で生徒たちにこう告げた。

 「授業中、スマホを見てるのを見つけたら取り上げるよ。でも僕は片目を失明していて、見える目もあまり見えてない。だから隠れてスマホを見ていてもおそらくバレないだろうけどね」

 人間とは不思議なもので、ふだんバレないように細心の注意を払って授業中にスマホを見ている生徒たちも、見てもバレないという状況だと逆に見る気をなくすらしい。

 「和田わだ先生の授業、すごくおもしろいというわけじゃないけど、なぜか誰もスマホ見てないんだよね」

 と教えてくれる生徒がいるが、たぶん事実だろう。


 大学を卒業して教員になって五年目。実家は一駅隣の三島みしま市にあるのに、沼津ぬまづでのアパート暮らしは今年で三年目。一人暮らしは気楽だ。何より結婚しろと親からせかされないのがいい。

 義眼のせいで目つきが悪く、片目は見えているとはいえ、運転免許が取れないくらい視力が悪く、視野も狭い。田舎で車なしの生活はやはり不便だ。目の悪さが遺伝することはなさそうだけど、こんな陰キャが親では子も嫌だろう。だから一生独身のままでいいと決めている。もっとも運転免許も持てない欠陥品と結婚してくれる奇特な女性もいないだろうけどね。

 それでもたまに夢見ることもある。妊娠できない体質の女性なら。また、何らかの障害がある女性なら――

 そういう女性なら、なんだというのだろう? そういう女性なら僕のような魅力のない男とも交際してくれると期待するのは、そもそも相手に失礼な話だ。僕の妄想はいつもそこで終わる。

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