第28話 星環ノ対核
胸元に、鋭い衝撃が走った。
レイン・クロフォードの身体が宙に浮き、そのまま数メートルほど吹き飛ばされた。地面を滑りながら転がり、最後は荒く削れた地面に背を打ちつける。
肺の中の空気が押し出され、呼吸が一瞬止まった。痛みより先に脳裏をよぎったのは、今の一撃は、防げなかった。という明確な敗北感だった。
耳の奥で誰かの声が響いた。セフィルス・ルクレティアの声だと気づいたとき、視界の端に白い影が駆け寄ってくる。
だが、レインは目を逸らさなかった。視線の先、黒く染まった鎧を纏ったイリーナが、満足げな笑みを浮かべて佇んでいる。
「……ごちそうさま」
その言葉に、背筋がひやりとした。喰らう、という言葉が、冗談でも比喩でもないとわかる。
右手に集まる魔力の残滓が、まだ蠢いている。さっき放った剣技の“気配”すら、彼女の一部に取り込まれているようだった。
魔術も、剣も。全てを喰らい、自らの糧に変える。理解はできた。だが、その対処法は、すぐには浮かばなかった。
レインは、地面に手をついてゆっくりと起き上がった。胸が熱を持ち、呼吸のたびに骨が軋んだ。けれど、まだ動ける。
「……まいったな。あんなのまで使ってくるとは」
喉を鳴らし、乾いた笑いを漏らす。
前に戦ったノエル・アシュレイとの戦いでは、レインとルクは最大の切り札――『
イリーナは魔力そのものを吸収する。ならば、魔力で構築された術は、どれほど強力であろうと全て無力化される。
「『
ルクの声が届く。レインはすぐに首を横に振った。
「いや。……あれは、魔力を喰らうイリーナには通用しない」
冷静な判断だった。むしろ、あれを使えば使うほど、イリーナを強化するだけになる。
レインは視線を横へ向けた。そこには、いまだ一歩も動かずに戦場を見守るリュミエール・クラヴィスの姿がある。あの融合魔術を支え、今なお無傷で静かに微笑んでいる少女。
違和感は、ずっとあった。イリーナが前線に出てから、一度も攻撃に参加していない。ただ立っているだけ。レインの目には、まるでイリーナの「核」のように映った。
「……ルク。リュミエールを狙ってくれ」
指示を出すと、ルクは何も言わずに動いた。レインは彼女の反応を見ることなく、再びイリーナへと視線を戻した。
「……あの二人の魔術は、リュミエールを倒すしかない」
声には出さずに呟く。全ては仮説だ。だが、試さなければ敗北しか残らない。ルクの気配が、リュミエールの方へ向かったのを感じる。視界の端で、彼女が静かに構えたのがわかった。
リュミエールは、ただ受け入れるように笑っていた。その表情の意味を、レインは深く追及しない。目の前にある脅威は、まだ終わっていない。
イリーナは、黒鎧の中で再び手を上げる。その指先には、あの喰らう魔力が、またも収束していた。
次は本命だ。レインは息を吐くと、重心を落とし、構えを取る。魔術ではなく、剣で。吸収される力ではなく、斬り抜けるための意志で。
地を蹴る。再び、彼は走った。
距離を詰める。速度は最小限、無駄のない踏み込み。
黒き鎧に包まれたイリーナの前に、レインが躍り出る。風が逆巻く。その中心にあるのは、明確な“殺意”だった。
だが、レインの剣は、それを超える“意志”で振るわれる。
「――
言葉と同時に、斬撃が走った。踏み込みと同時に、重心を一瞬だけズラし、相手の予測を一手遅らせる。視覚の錯覚と殺気の緩急が生み出す“間”。
剣が、確かに届いた。イリーナの胸元に、金属を裂く音と共に白い火花が散る。だが次の瞬間、レインは足元を強く蹴って離脱していた。
肌が、警告していた。このまま斬り込めば、剣ごと喰われる。
跳び退いた直後、イリーナの手が虚空をなぞる。先ほどの“喰らう手”が、無防備に留まっていればレインの腕ごと飲み込んでいたはずだ。
続く追撃はない。イリーナは一歩も動かないまま、ゆっくりと剣の痕跡を手で払った。まるで、力の本質ではなく気配ごと捕らえて飲み込んでいるようだった。
レインは歯を噛みしめる。剣が通らないのではない。通った上で、吸収される。それでも、諦める理由にはならない。
背後で魔力がぶつかる気配がした。ルクがリュミエールへ攻撃を仕掛けたのだろう。白銀の閃光と魔術の奔流が、演習場の一角を照らす。
レインは意識を逸らさず、目の前の敵に集中する。
敵は、動かない。
攻撃の応酬ではない。試されている。こちらがどう動くか、どう打開するか、それすらも見透かすような“静”に、全身が冷えていく。
だが。レインは一歩、踏み込んだ。技ではなく、術でもない。意志の一歩。それは、喰われることすら覚悟の上で向かう、一つの“賭け”だった。
「星影流・
その声と共に、世界が弾けた。
レインの姿が掻き消える。刹那、空気が震え、剣閃が舞う。目に映るよりも速く、音よりも鋭く。まるで光そのものが、刃となって戦場を駆け巡っていた。
四方八方から、斬撃。
上から、横から、背後から。斬り込んだ剣は、魔力を込めるのではなく、術そのものを否定する意志を帯びていた。イリーナの黒鎧を斬り裂くことは叶わずとも、その魔力の流れを断ち切ることならば、できるはず。
その確信が、レインの剣に宿っていた。
「――そこだッ! 星影流・穿閃術、『星穿』!」
瞬滅の一撃の直後、レインはその体勢のまま、イリーナの背後へと回り込む。切っ先を低く構え、踏み込みと同時に放たれた技は、まさしく“要”を穿つ一閃だった。
音よりも早く、刃が走る。
その軌道は、彼女の装甲の継ぎ目、僅かに露出する接合部を狙ったもの。魔力を断つことを前提とした“星穿”は、まさにこの局面のために存在する技だった。
届いた。手応えはあった。だが、それでも。
「……そろそろ、リュミエールも危ないから倒すね?」
振り返りもしないまま、イリーナがぽつりと告げた。
血は流れていない。反応も、崩れもない。ただその声だけが、冷えた空気に溶け込むように響いた。
レインの一撃は確かに通った。だが、それでも彼女を止めるには至らなかった。
「――『
イリーナが低く、しかし確かな声でそう告げた瞬間。
彼女の全身を包むように、紅蓮の炎が噴き上がった。燃え盛るそれはただの魔力ではない。熱そのものが意思を持ったように、舞い、うねり、鎧の輪郭を強調していく。
レインはすぐさま距離を取る。だが、既に肌に感じる熱気は尋常ではなかった。呼吸をする度に肺が焼けるようで、目の前に立っているだけで火傷を負いそうなほどの圧が、確かにあった。
炎が鎧の表面を這い、鎖のように絡みつき、さらに黒く染め上げていく。
それはまるで――“灼熱”という概念そのものを纏った存在だった。
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