俺流総本家-家元列伝
俺流総本家家元
第1話「俺の生き様、プリント済みや!」
ここは千葉県匝瑳市――チーバ君なら耳の裏。
風が寂しく抜けるシャッター街の片隅に、築年数も不明なボロアパートがある。錆びた手すり、干しっぱなしの洗濯物、そして風に揺れる一枚のTシャツ。
背中に一行、太く熱い文字が光る。
《我、家元なり》
この部屋に住むのが、「俺流総本家 家元」。
本名不詳、年齢不詳、生き方は完全オリジナル。語録Tシャツの製作・販売を“命の仕事”としている男だ。
朝、障子越しに射す日差しが畳を照らす。六畳一間の部屋には、山のようなTシャツとインクの匂い。そのど真ん中で、家元は静かに座禅を組んでいた。
「……今日も、ええ言葉が降りてきそうや」
語録とは、天からの啓示。ただの名言じゃない。魂の叫び。それを“着る”ことで、人生を前に進める。家元はそれを本気で信じ、日々言葉と向き合っていた。
プリンターの機嫌は悪く、手刷りで仕上げる日もある。にじみもズレも“味”に変える。そこに心が宿るのだ。
「家元さぁーん!」
バンッと襖が開いて、バーJOJOのマスターが顔を出す。金髪、黒スキニー、ちょっとチャラいが人情に厚い幼なじみ。イジメられてた彼をかばった日から、ずっと家元の舎弟のような存在だ。
「新作、SNSでめっちゃバズってましたよ!」
「“バズる”んちゃう。“轟かす”んや。魂にズドンとな!」
家元は立ち上がり、Tシャツの山から一枚を手に取った。黒地に白インク、潔く刻まれた言葉が浮かぶ。
《悩むな。飲み干せ。酒と共に。》
「これ着て接客したら、絶対酒の売り上げ爆上がりっすわ!」
そのTシャツは、夜な夜な書きためた語録ノートから生まれた一着だった。
「言葉で救われる奴もおる。なら、俺がその言葉、作ったる」
語録はファッションやない。生き様や。
家元は、そう信じていた。
夜。
バーJOJOのカウンター、いつもと違う熱気が漂っていた。マスターは黒地に白文字が映える語録Tシャツを着ている。
背中に刻まれた言葉は――《悩むな。飲み干せ。酒と共に。》
そのTシャツが、静かに客の心を揺さぶっていた。
「そのTシャツ、どこで買えるの?」
「語録って何? 意味深すぎるでしょ!」
「なんかクセになるな、このノリ!」
「俺流総本家っす!店舗はないけど、魂は全国即配っす!」
店の扉がガラリと開いた。段ボールを抱えた家元が、無言でカウンター奥へ入ってくる。
「限定語録10着、持って来たで」
「家元!ウチのバーが完全に倉庫になってきてるっす!」
「ええやん。バーJOJOは“語録の泉”や。今日もひとつ、魂を刻もうやないか」
その時だった。奥のテーブル席でくだを巻いていた酔っぱらいの男が、聞こえよがしに呟いた。
「うるせぇTシャツなんてよぉ…売れるわけねぇだろ!」
場が一瞬、凍りついた。マスターが一歩踏み出しかけた瞬間、家元が静かに手を上げて制した。
ゆっくりと歩き出す家元。男の前で立ち止まり、柔らかいが真っ直ぐな声で言う。
「おっちゃん…その服、誰の言葉着てるんや?」
「は?」
「誰かの言葉やったら、心は動かん。せやから俺は、“俺の言葉”を着るんや」
男は、自分のTシャツを見下ろす。そこには意味もない英語のスローガンがプリントされていた。
「なんやねん…ポエマーかよ…」
家元は首をゆっくりと振った。
「ちゃう。“言霊職人”や。Tシャツという名の布に、魂を刷る職人や」
マスターがすかさず補足する。
「この人、Tシャツで人間救ってきたっすよ。ポン中、メンヘラ、借金地獄――みんな、家元の一言で変わったっす」
家元は段ボールを開け、一枚のTシャツを取り出した。男の前に差し出す。
そこに書かれていたのは――
《迷うな、言い訳や》
「おっちゃんに着せたるわ。今日の語録や。お前の明日を、これで乗り切ってみいや」
男は言葉もなく、そのTシャツを両手で受け取った。それを見た誰もが、彼の目の奥に灯った光に、気づいていた。
夜が更けた。
語録Tシャツが好評だったあの晩。家元は静かに自宅へ戻り、障子を閉めて小さなスタンドライトを灯した。
部屋の空気はインクと綿の香り。彼はいつものように、畳の上であぐらをかき、一冊の分厚いノートを開いた。
そのページには、無数の語録が並んでいた。どの言葉も魂から絞り出した一行ばかり。誰のためでもなく、自分のために書き続けてきた。
「プリントやない。“覚悟”をのせとるんや……」
家元はペンを持ち、新たな言葉を書き記した。
――《笑われろ。笑うやつより、マシや。》
文字の一つひとつに、迷いはなかった。これは自分自身への挑戦であり、どこかの誰かへの投げかけだった。
「これでいこか」
――
翌朝。
匝瑳市の一角、シャッター街の掲示板に新しいチラシが貼られていた。
《1日限定!語録Tシャツ即売会 in JOJO前》
その下には、手描きの語録が並ぶ。
《迷うな 言い訳や》《悩むな 飲み干せ》
《笑われろ 笑うやつよりマシや》
通勤途中の高校生が足を止めた。
「なんか…知らんけど、胸に刺さるな」
店の前では、マスターが汗をかきながらテーブルを組み立てていた。
「明日、来ますよ家元。きっと“何か”が始まるっす……」
彼の目には、希望と不安が交錯していた。でも信じていた。あの言葉たちには、人の心を揺らす力があると。
――
その頃、家元は自宅兼アトリエで一人、プリンターの前にいた。
一枚ずつ、Tシャツをセットし、スイッチを入れる。ガチャン…という音と共に、真っ白なTシャツに黒い文字が刻まれていく。にじみも、歪みも、そのままでいい。その不完全さが、誰かの“今”に寄り添える。
「どこかの誰かが、この言葉に救われたら……その一人のために、今日も刷るだけや」
Tシャツに、一文字一文字、心を込めて刷り込んでいく。それはただの服ではない。“魂の布”や。
そして、風が掲示板のチラシを揺らす。
語録が風を巻く時、この町にひとつの魂が灯る。
<<つづく>>
言葉は飾りじゃない。背中を押すためにあり、時には人生を変えるためにある。
それを信じる者がいる限り、語録屋・家元の一日は終わらない。
にじみも、ズレも、そのままでいい。
――誰かの“今”に寄り添う一枚のために。
今日もまた、“魂の布”が生まれる。
次回――
「語録即売会、まさかの通報!」
路上販売に、まさかの通報!?
揺れる正義、語録の真価が試される!
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