オカン枠の末っ子を愛でたい②
「んでな、キッズ系のセレクトショップに、これどうすか、って売り込んでたんだけど、こないだまたもう一社契約出来てな。そういうわけで懐があったけぇってわけ!」
いえぇい、と八尋が雄叫びを上げる。
「さっすが八尋だよなぁ!」
「相変わらず調子良いなぁ、お前」
そんな声をかけられながら、自分より大きい男にピンクの頭を撫でくりまわされて、八尋はうへへと笑っている。
「なので、陽介君の十七位もめでたいし、幸路君との新しい出会いもめでたいし、あとはおれの仕事がうまく行った祝いっつぅことでだな、トリプルめでたいから今日はパーッと――」
「いやいや、だったらなおのこと出すし!」
ついついたまらず声が出る。
だってそうだろう、仲間――と呼べるほどの仲でもないけど、『友達の友達は友達』理論でいえば、八尋だって立派な仲間である。その仲間の成功なのだ。なのにどうしてセルフで祝おうとしてんだお前。
それに、ちゃっかり俺との出会いまでその中に入れてくれているのだ。だったらなおのことだろう。
「律儀だなぁ、幸路さんは」
多希が、ほわぁ、と気の抜けたような声で言う。
「律儀……なのかはわからんけど。トリプルめでたいなら俺だってそこに乗っかりてぇじゃん」
「成る程なぁ。てかさ」
網の上で焦げかけている玉ねぎを救出しつつ、多希がちょっと不満気に口を尖らせた。
「陽ちゃんとヒロがめでてぇのはわかるし、ヒロと幸路さんの出会いがめでてぇってのも、まぁちょっと無理やりな気もするけどそれもわかるんだけどさ」
ふぅふぅと玉ねぎを軽く冷ましてから一口で頬張る。もぐもぐと咀嚼している間は無言だが、やっぱりどこか拗ねたような顔をしているのが気になる。
案の定。
「俺にもなんかねぇのかよ」
むすぅ、と不満気に、そう呟いた。 いつもはオカンみのあるしっかり者の多希だが、こういう姿を見ればやはり最年少の末っ子である。
と思ったのはどうやら俺だけではなかったらしい。
最年長の陽介さんはもちろんだが、さっきまで好き放題して多希に怒鳴られていた八尋ですら、可愛い弟を愛でるような慈愛に満ちた目で彼を見つめている。その視線に気付いた多希が、ちょっとばつが悪そうに「んだよ」と噛みついた。
その上、
「多希、大丈夫だ! 俺はお前を常時愛でたい!」
「あ? 俺がめでてぇ人間だって言いてぇのかよ」
白い歯を見せてニカッと笑う陽介さんを、下からねめつける始末である。
違う違う、多希。陽介さんが言う『愛でたい』とお前の考えてる『めでたい』は意味が違うやつだ。陽介さんのは動詞の『愛でる』、お前のは、形容詞の『めでたい』だ。思わず間に入ってそう言ったけど、多希はぽかんとした顔で「ドウシ……? ケイ、ヨウシ……?」と首を傾げるばかりである。まぁピリッとした空気が和らいだので良しとするか。
そこへ、八尋が、あっあー、ヴヴン、とわざとらしく喉を鳴らして割り込んで来た。ハイ、俺に注目、と言わんばかりのベタなアピールである。
「安心しろ多希! 多希にもめでたいやつがある!」
「は?」
落ち着き0のお祭り男が何か言い出した。何だ何だ。
「おれも住む!」
「は?」
「はぁ!?」
俺も住む?
「陽介君、多希ん家に住むんだろ? だったらおれも住むっきゃなくねぇ?」
「何で陽ちゃんが住むってなったらヒロまで住むことになるんだよ」
そう返しつつも、多希は満更でもなさそうだ。
「え~? おれ、陽ちゃんのことラブだしぃ? 多希の飯も食いたいしぃ?」
「俺の飯をついでみたいに言うんじゃねぇよ。第一、仕事は。ヒロいま東京だろ。それでまた仕事切られたりでもしたら――」
「だーいじょうぶ! おれの仕事はどこでも出来るんだって。てかさ、最近マジで会議なんかリモート中心だし、デザインの提出だってメールなのよ。どうしてもって打ち合わせの時しか取引先んトコ行ってねぇもん。同業者も皆そうだぞ? 広島在住のやつとかいるし、俺なんか近い方だって。仙台なんて新幹線でバビューンで東京だしな!」
八尋が、バビューン、を手の動きで表すと、多希がそれに釣られて視線を動かす。
と、陽介さんと八尋がそれぞれ多希の両隣に立ち、腕を絡ませた。突然の密着に「暑苦し」と多希が目を細める。
「多希、もう一人じゃないぞ。いますぐってわけじゃないけど、陽介君もおれもいる。また
「ずっと一人で寂しかったろ。でももう大丈夫だ、俺達がいる!」
二人は力強くそう言った。
右にはガタイの良いマッチョ。
左にはチャラついたお祭り男。
二人の元下宿仲間に両サイドを固められた形である。
めちゃくちゃ感動的なシーンだ。
そこに加われないのがちょっと寂しい。
何せ俺は残念ながら新参者だ。八尋なんて今日が初対面だし、多希にしたってまだ数ヶ月の付き合いだ。
それでもこないだ陽介さんから、母親を亡くして一人になった多希が見ていられなかった、なんて話を聞いたばかりだったから、むしろ俺の方が泣きそうである。良かったな、多希。俺は毎週金曜しか一緒に飯を食ってやれてないけど、これからは(何月になるかはわからんけど)あの居間がワイワイ賑やかになるんだな。そんなことを考えると、鼻の奥がつんとする。
めちゃくちゃ感動するシーンのはずなのだ。
なのだが。
「ふーん。まぁ良いけど」
当の本人がこの反応である。
しかも――、
「おい、肉食え肉。焦げてるから! 幸路さんもほら!」
「え、あ、うん。食うけどさ」
「陽ちゃんも食えよ。走った後なんだから、肉補給しとけ。ヒロは野菜も食えよ。好き嫌いは許さねぇからな」
ずっと食っているのである。
焼けた食材を網の端の方に避難させつつ、新しい肉を焼いたりと忙しない。せっかくの感動シーンなのに片手間感が半端ない。
「多希ぃ~、もうちょっと喜べよぉ~」
「うるせぇな。喜んでないとは言ってねぇだろ」
「喜んでるとも言ってねぇじゃんかぁ」
「落ち着け八尋。多希は昔からこうだろ。ほら、なんて言ったっけ、あの、ほら、ツンドラとかああいう」
「ツンデレだろぉ? 陽介君はそういうの疎いんだから無理すんな」
「ああそうそう、それそれ」
「多希はツンデレでもないと思うけどなぁ。どう思うよ、幸路君」
「俺に振るなよ。でも確かにツンデレとは違うと思う、俺も」
初手から人懐こかったしなぁ。
だからこれはどちらかといえば家族に対する反抗期とかその類のような気もするけど。多希って反抗期とかあったんだろうか。まぁこんなピアスバチバチで金髪なんだし、あまり素行は良くなかった可能性があるよなぁ。でも飯だけは残さずしっかり食いそうだなこいつ。などと勝手に決めつけて納得する。
とそこへ、
「しゃべってねぇで食え!」
オカン枠からの怒声が飛んで来た。
うん、やっぱり多希は末っ子だけどオカン枠だ。
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