筋肉喜ぶ!?スペシャルメニュー①
どうやら今日は『母ちゃんみたいな飯』というよりは、『アスリートを夫に持つ妻みたいな飯』だったらしい。いや、本格的なアスリートの飯はこんなもんじゃねぇけども。
でも、良いなぁ。
だってこれ、全部陽介さんのためのやつなんだろ?
といういじけた気持ちが顔ににじみ出ていたのだろう、多希がプッと吹き出した。
「何つぅ顔してんだよ、幸路さん」
「は? 顔?」
思わず両手で頬に触れ、ぐにぐにと揉む。何だよ。どんな顔してるっつぅんだ。
「あのな、これ、むしろ幸路さんと俺のためのやつだからな」
「は?」
そう言いながら、ちゃっかり席に着いて「わぁ多希の飯美味そう」などと呑気に手を合わせている陽介さんを見下ろす。
「だって陽ちゃんに合わせたら、ガチのマジで茹でただけのささみとブロッコリーになるから! 俺はそんな飯、嫌なんだよ! 幸路さんだって嫌だろ!?」
「それは嫌だ。絶対に嫌だ」
だってせっかくの多希飯なのに。
「だから、陽ちゃんを黙らせるためにタンパク質の多い食材を使って、且つ、俺と幸路さんが美味しく食べられるようなメニューにしたってわけ」
「お、おぉ……成る程。ありがとう、多希……?」
「まったくもう、どういたしまして、だよ。ほら、とっとと食うぞ」
飯が始まると、何だかずっと陽介さんはニヤニヤしながら物言いたげに多希を見つめていた。その度に多希が眉を吊り上げて「うっざ。見んなや」と返すのが、本当の兄弟のように見えてくる。まるで、年の離れた弟が可愛くて仕方がない、といったような。まぁ、弟の側からしたらうざったくて仕方ないだろうけど。
「そういや陽介さんっていくつなんすか」
そう尋ねると、彼が口を開くより先に多希が割り込んで来た。
「幸路さん、陽ちゃんに敬語なんていらねぇぞ」
「そう言われてもなぁ」
初対面で、しかもこんな明らかにデカい人にそんないきなり馴れ馴れしく出来るかよ。
「今年二十九。幸路君は?」
「俺は二十七です。あの、『幸路』で良いです」
「そ? じゃあ遠慮なく。幸路も好きなように呼んでくれ。多希みたいに陽ちゃんでも良いし」
「陽ちゃんは遠慮します」
さすがにこのムキムキマッチョをちゃん付けで呼ぶ勇気は俺にはねぇよ。多希はすごいな。まぁ、過ごしてきた時間が違うしな。
「多希から、天童に住んでるって聞きましたけど。遥々マラソンのために?」
豆腐入りの三種のつくねは、チーズ、梅しそ、それから大根おろしだ。チーズは照り焼きっぽいタレが、大根おろしにはポン酢しょうゆがかかっている。(色んな意味で)疲れた身体に染み渡る味だ。
「そ。毎年の恒例行事なんだ、俺の。どうだ、幸路も出ないか?」
中距離やってたんだろ? と振られるが、とんでもない! と声を上げた。第一もう締め切りは過ぎているはずだ。
「ハーフったって二十キロはあるじゃないですか! 普通に無理ですって」
「えぇ? いまから身体作れば秋のマラソンには間に合うだろ。幸路が出るなら俺も出るかなぁ」
「おっ、マジでマジで? そんなら俺、弁当作って応援行くし」
「おー、良いじゃん! 多希の弁当食いたい! なぁ幸路、どうだ!?」
「ちょ、無理無理無理無理! 多希も乗り気になってんじゃねぇよ! あのな、走ってたのなんかもう十年以上も前! 高校ン時なの! しかも全然駄目駄目だったから!」
そうなのだ。
確かに高校まで陸上をやってた。やってはいたけれども、パッとしなかったのである。それにそもそも俺は中距離選手なのだ。長距離を走れるほどの体力はない。短距離よりはマシというだけだ。
「マジかぁ~。まぁ無理強いするモンでもないしな」
「そうだな。どんなスポーツも楽しくなくてはいかん!」
「なんか……すんません」
いや、まぁ、走るだけなら走れるかもとは思うんだけどな? でも出る以上はそれなりの結果を出したいじゃん? そこは俺にだって元陸上部のプライドってやつがな?
「でも、多希の弁当は食いたかった」
ぽつりと本音を漏らすと、多希は目をまん丸にしてにまーっと笑った。
「んなのいっくらでも作ってやるって。紅葉シーズンになったら
「おっ、良いなそれ。そんでそのまま温泉とかな!」
「よっしゃ、俺弁当作るから、運転は二人に任せるわ」
カカカと笑う多希は楽しそうだ。
やっぱりこいつは大勢でワイワイ騒ぐのが好きなのだろう。
「いままでもそんな感じで旅行とか行ってたのか?」
いつもよりも二割増しで楽しそうにしている多希に向かって尋ねると、予想に反して「うんにゃ」と首を横に振った。
「そうなのか? 下宿だから、なんかこう……家族みたいな感じでそういうのあるのかと思ったけど」
そう言いつつ、陽介さんをちらりと見る。彼もまた、いやいや、と眉を下げて笑った。
「確かに家族みたいな感じではあるけど、そこまではなぁ。大学生だし、学校が休みでも色々あるし。第一、幸路は実家から大学に通ってたとして、休みの日に親と出掛けたりしたいか?」
「言われてみれば……」
親元を離れて生活しているのなら、長期休みの帰省時に多少は付き合っても良いかと思えるけれど、実家暮らしならそうはいかないだろう。ただでさえ毎日顔を突き合わせているのに、わざわざ休みの日まで共に行動したいか、という話である。成る程、と納得していると、飯を食い終えた陽介さんが「ただ」と言って箸を置いた。それを見て「陽ちゃん、お代わりいるか?」と尋ねる多希に、「いや、腹八分にしとく。ごっそさん」と返して、ずい、と身を乗り出してきた。
「昔の多希はいまと違って、陽ちゃん陽ちゃんってくっついてきて可愛かったからな。課題で忙しい時でも俺は構い倒してやってたけど」
ちょっと声を落として、とっておきの秘密をばらすが如く、イヒヒと悪い顔を浮かべる。バレバレではあるが、こっそりと親指でその本人を差し示すと、彼は「んぶふっ!?」と味噌汁を噴き出した。
「ちょ、おい、
「おい陽ちゃん。幸路さんに余計なこと言うんじゃねぇぞ」
てか、自分で拭くし! と俺から台拭きを奪い取って飛沫を拭きとる。
「余計なこととは何だ。俺はただ、可愛かった十代の多希の思い出をだなぁ」
「それが余計だっつってんだろ!」
「え~? 余計じゃないだろ。あのな幸路、多希はこう見えて学校の成績が悪くてな」
「こう見えても何も、どこからどう見たって俺がベンキョー出来るわけねぇだろうが!」
顔を真っ赤にしてぎゃいぎゃいと反論するが、まぁ確かにお世辞にも賢そうには見えない。とはいえ、俺にしてみれば、学校の成績よりもこの料理スキルの方がよほど実生活で役に立つと思うんだけど。
「宿題はほぼ毎回俺が見てやってたんだよ。俺ん時、下宿生はもう一人いたんだけど、そいつはあんまりこう……人付き合いとか得意じゃなくてな」
「あー、そうそう、いたなぁ。俺も挨拶くらいしか会話したことなかったなぁ。飯も部屋で食いたいとか言って」
「そういう人もいるのか」
てっきりいまみたいにこうやってワイワイ食べてるものかと思ったけど、まぁ、別にそういうのが好きだから下宿に入るってわけでもないもんな。むしろ陽介さんの距離感の方がイレギュラーの可能性だってある。
「そ。だからこいつに構ってやれんの、当時は俺くらいだったか? っあ――……、あれだ、もう一人いたな、うるせぇの。被ったの一年だけだけど」
「あぁ、あのうるせぇのな」
言うや、二人そろってため息をつく。何だ何だ、どんだけうるさいやつがいたんだ。
「まぁそいつは置いといて。とにかく、そう、多希はなぁ。勉強はからっきしなんだけど、これがまぁモテてな」
「だーから! そういう余計なことは言わんでいーんだっつぅの!」
「えー、良いじゃん。俺も聞きたい」
「クソッ、幸路さんも何で興味持ってんだよ!」
何でだろうな。
たぶん、茶化されてるお前が新鮮で面白いからじゃないか?
そう答えると、多希はなおも「クソッ」と吐いて、食器を片付け始めた。
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