第5話 高昌故城の戦闘
いつもながら、忙しいことだ。
俺は風化して土塊同然に朽ち果てた日干レンガに背中を預け、ずいぶんと傾いた太陽をあおぎ見た。
紫外線防止の可変バイザー越しに、青白い太陽が輝いている。
バイザーの片隅では、戦闘スーツの生命維持モニターが、気ぜわしくデジタル表示を瞬かせていた。
(すこし脈拍が高いな)
モニターを見て、俺は苦笑いを浮かべた。
戦闘の前にはいつも、脈拍が規定値より高くなる。
脈拍が高くなれば発汗が促され、内部循環機構のホメオスタシス調整が活発になる……つまり携帯バッテリーの消費が早くなるということだ。
入り組んだ日干レンガの壁が、さながら迷路のように広がっている。
迷路は俺の前方でスッパリとたち切られ、そこからは砂の海が広がっていた。
ここは、高昌故城。
トルファン市街から東へ四十キロほど離れた地点だ。
しかしいくら土塊の残骸にすぎないとは言っても、この城は漢の時代から明の時代まで、約千五百年もの永きあいだにわたってウイグルの王都として栄えた場所だ。
周囲は五キロもあり、内部の入り組んだ構造は、地図を見ただけでは容易に把握できない。
それだけに、ここは前線陣地にするにはもってこいだった。
敵の機動部隊は大型の戦車やバギーで突進してくる。
しかしここの内部までは入ってこれない。
城外から大口径レールガンやミサイルをぶちこんだとしても、日干レンガは効率よくそれを防いでくれる。それに対して敵は、無防備のまま砂漠の標的となるのだ。
俺たちの背後には、間近に火焔山がそそりたっている。
ウイグル語でキジラタック、赤い山という意味だ。
草木の一本も生えていない、侵食による切れ込みだらけの山。
強烈な陽射しと陽炎にあぶられ、山全体が燃えているように見える。
この山を貫いて、ベゼクリク千仏洞へとむかう道路が伸びている。
そこを確保するために、こうして俺たちはトルファンに居座っているのだ。
敵に火焔山を越えさせてはならない。
火焔山の向こうには、地下式の鉄道が通っている。
敵の機動要塞からのビームを防ぐため、鉄路全体が地下に潜っている。
そして昔も今も、大量輸送には鉄道が最適だった。
『前方座標1・6・3。無人掃討バギー』
――ピッ!
信号音とともに、デジタル・スクランブラー通信が入る。
まずは常套手段による強行偵察というわけだ。
俺たち狙撃歩兵を叩いたあと、主力戦車を進撃させる。
集中砲火を浴びせたのちに、はじめて機動歩兵を投入する。
上空はるかに敵味方双方の軌道要塞が居座ってからというもの、戦術自体が第二次大戦並まで退化してしまった。
無人監視衛星など打ちあげようものなら、即座に叩き落とされてしまう。
機動要塞同士も熾烈な戦闘下にあるらしいが、俺たちにそれを知る手だてはない。
もちろん、ヨーロッパ戦線で戦っている同胞のシベリア軍の上空には、別の軌道要塞が陣取っている。
そういう訳だから、まあ、おあいこと言うべきか。
亀の甲羅みたいな無人バギーが、チラリと視界をかすめた。
隣で大井二曹が、炸薬弾頭を装着したハンド・ランチャーを抱え、ゆっくりと狙いを定めている。
相手が無人バギーとなると、俺のレーザーライフルは役立たずだ。
そこで大井の携帯対戦車ミサイルがモノを言う。
無人バギーは小口径レーザーと対人用レールガンを装備している。
複合装甲で固められた甲羅の一部がスライドし、銃口を露出したときが狙い時だ。
そのとき奴の照準が大井に向けられていたとしたら、そりゃ運が悪かったとしか言いようがない。
誰かが犠牲になり、その見返りにバギーを粉砕する……。
これが機械に対する唯一の必勝戦法なのだ。
甲羅の一部がスライドした。
――ドウッ!
一度に重なった、無数の発射音が響く。
誰かの悲鳴が遠くから聞こえてくる。
そして、すぐに跡絶える。
数本のミサイルが甲羅に殺到する。
狙っていたのは大井だけではない。
バギーの火器は、すでにハンド・レールガンの高速弾頭によって破壊されている。
次々に昼花火が爆発し、白い炸裂煙が四方に散った。
一台のバギーが破壊された。
それを合図に、合戦がはじまった。
電子戦が始まったらしく、たちまち無線に雑音が混る。
その中に、スクランブルされていない生の怒号が飛び交っている。
あちこちで兵士が動きだし、敵の本隊の土煙がまきおこる。
まるで戦国武士の乱戦みたいだと俺は思った。
「川瀬一曹、ここは頼みます。自分たちは移動して戦車を撃てと指示が出てますので」
真鍋の声が聞こえてきた。
大井二等陸士と真鍋二曹は、二人でひとつのチームだ。
俺たちは低空を飛翔しているいくつもの連絡ドローンから指令を受けている。
目と耳と口を持った電子機器の飛翔体。
これが俺たちを生還へと導いてくれるハメルンの笛なのだ。
二人が右手に去るとすぐに、俺のまわりにも盛大に土煙が上がり始めた。
細かなパウダー状のほこりが、遠慮なしにバイザーにこびりつく。
嗅ぎなれた戦場の匂い。
ABC防護フィルターを通しても、無害な匂いだけは通過する。
敵の発射した大口径レールガンの弾頭が着弾しはじめた。
砂漠のように見通しの良い場所では有効なレールガンも、障害物があってはなんの意味もなさない。
なにせ相手は、水平射撃しかできない間抜けときたもんだ。
このような戦闘で真に恐いのは、昔ながらの滑空弾かミサイルだ。
それらは弧を描いて頭上から落ちてくる。
だが敵の奴らは、虎の子のそれを左右の砲兵陣地の方に振っている。
おかげで俺は、安心して敵の機動歩兵を待つことができた。
鼓動が聞こえる。
自分の鼓動とは別の、血をたぎらせた野獣の鼓動が。
幻聴にすぎないこれが聞こえてくると、もう敵はまじかに迫っている。
怖い。だが、歯を食いしばって耐える。
勝手に狭窄しようとする視野を、腹に力を込めてなんとか我慢する。
これはいつもの儀式にすぎない。
そう自分に言い聞かせるが、いっこうに幻聴は去ろうとしない。
低い砂山にしか見えない砂丘の向こうから、無砲塔戦車が姿を現した。
搭乗員二名の、パンターGⅣ型中戦車だ。
椀を伏せたような複合装甲ボディの上に、不細工なレールガンが鎮座している。
給弾はフルオートで行なわれるが、射撃は自動化されていないポンコツ野郎だ。
戦車の後方に、機動歩兵が現われた。
ライフジャケットの他は、セラミック・プロテクターすら装着していない突攻専門の奴らだ。
防御は無きに等しいが、こと機動性においては俺たちの比ではない。
奴らを陣地の中へ入れてはならない。
俺は多銃身ライフルのセレクターを『連射』に切り替えた。
まだ太陽は高い。
こんなに気温が高くては、レーザーはたやすく陽炎に進路を歪められる。
精密射撃などできっこない。
無造作にライフルを肩にかつぎ、バッテリーパックに導線が接続されているのを確認する。
幻聴が消えた。引き金を絞る。
レーザー射撃では、反動はなにもない。
パルス状の光線が発射されたかどうかは、敵がバタバタと倒れるのを視認するか、ライフルのミニ・スピーカーからの、タタタタという情けない擬似発射音に頼るしかない。
戦車の金属部分から、ちいさな火花が巻きおこる。
ライフルのレーザー発振部で、超小型冷却ポンプがウィーンという耳ざわりな音を奏で始める。
機関部に当てた左手に、焼けつく熱風が吹きつける。
俺の存在に気付いた戦車が、砲をこちらに向けた。
あわてて地面に這いつくばる。
――バゥン!
発射音と日干レンガの粉砕される音が同時に響く。
無数の土塊とレンガのかけらが、バラバラと背中を叩く。
もうもうと土埃が立ちこめ、バイザーの中は涙と汗でぐちゃぐちゃになった。
自走型レールガンの初速はマッハ6を超える。
だから視認距離ではまるでタイムラグがない。
ときには着弾のあとで発射音が聞こえるくらいだ。
射手が人間でよかった。
自動管制の新型戦車だったら、今ごろはバラバラの肉塊にされていた。
「小隊長……岩城少佐! 戦車を黙らしてください!」
這いつくばったまま、ヘルメット内部のミニマイクに叫ぶ。
「川瀬か? 今、どこにいる」
俺の上官殿は、部下の居場所を知らないらしい。
もしかしたら、たんに俺の位置センサーがぶっ壊れているだけか。
「中央回廊の基部遺構の所です。機動歩兵に踏み込まれたら大変です」
「わかった」
沈黙が訪れた。
俺はいつ敵が壁を乗り越えて突入してくるかと、気が気じゃなかった。
でも確認するために立ちあがって、首を吹っ飛ばされるのも嫌だ。
「川瀬!」
ふたたび岩城隊長の声が響く。
ノイズだらけで聞き取りにくい。
「はい」
「退却しろ」
わけがわからない。
思わず聞き直す。
「なんですって?」
「退却だ! こっちの機動歩兵小隊を向かわせた。お前は邪魔になるだけだ。二百メートル後方に下がって、大井と真鍋に合流しろ。お前と大井には別の指示がある」
命令は絶対……。
俺は匍匐状態のまま、壁の切目まで前進した。
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