第2話:不適合者と適合者


「ようこそ、オープニングゲームへ!」


 ひらひらと手を振り、舞台に現れたのは、ふざけたようなノリの男だった。


「ウチは今ゲームのゲームマスターを務めさせてもらってる、阿修羅あしゅらいうもんや。今後ともご贔屓にな~」


 軽薄な関西弁、チャラい身振り、どこか作られたような笑顔。


「(……ダサい仮面だなぁ)」


 私は少し肩を落としながら、壇上を見上げた。


「まさかこのバカンスを盛り上げるために、オープニングゲームでワイワイって感じ!?」


「うわー、流石クラウン。考えることが才能ありすぎ〜!」


 周囲からも軽口が飛び交う。皆、まだ『これ』が現実だと気づいていないのか、それとも気づいていて笑っているのか。だが、阿修羅の雰囲気が一転する。


「え?まさか、ほんまにバカンスへ招待されたと思ってたん?頭お花畑すぎやろ笑笑」


 嘲笑の後に、彼ははっきりと言った。


「んなわけないやろアホか。お前らはバカンスに招待されたんやない、『不適合者』同士で殺しあってもらうために収集されたんやで♡」


 笑っていた空気が、凍る。船内が一瞬で沈黙する中、阿修羅はマイクにぼそりと呟いた。


「ほんま、ゴミしかおらんわ」


 その声は低く、冷たい。先ほどまでのおちゃらけた調子とは全く異なっていた。……その瞬間だった。『ここ』だ。


「あの……質問があります」


 自分でも、よく手を挙げられたと思う。震える心を抑えて、私は全力で声を出した。出鼻をくじかれたと感じた阿修羅は、再び嘲笑する。


「つまらない質問をする気はありません。聞いていただけますか?」


「大層な自信やな〜。ええで、聞いたるわ」


 私は一息置いてから、問いかけた。


「この会場は『オープニングゲームC』と表示されていました。それに、私が乗ってきた船以外にも複数の船が存在した。それはつまり、これは複数会場で並行して行われているゲーム……そうですよね?それなら、モニター越しで全員に伝えることもできたはず。それなのに、なぜ貴方はこの会場に『だけ』顔を出しているのですか?」


 我ながら鋭い質問だとは思う。でも、知っておきたかった。なぜ私たちに『直に会いにきた』のか。


「絶対に使い道のない服やけど、なんか捨てられん……って現象よくあるやろ?」


 阿修羅は笑いながら、自分の頭をコツコツと叩いた。


「今、まさにそれやわ〜。ゴミの中でも捨てるにはちょっともったいないわ、自分」


「(……え?)」


 私は一瞬、息を呑んだ。今の言葉は、私に対しての……評価?


「結論から言うけど、俺が関与しとるんは『関東地方の不適合者』だけや」


「関東地方の不適合者だけ……?」


 誰かが呟いたその直後、強い声が割って入った。


「近畿地方は、別のゲームマスターが担当している。そういうことでいいのよね?」


 凛とした黒髪の少女。綺麗な顔立ち、強気な眼差し。明らかに、ただ者ではない。


「どっから近畿地方ってワードが出てきた?」


「そんな情報、少し調べれば誰でも分かることよ」


 彼女の目が鋭く光る。なんか、殺意マシマシな人だなぁ。


「私を侮辱するのなら、殺すわよ」


「(ひぇ……!?殺意マシマシとは思ったけど、ストレートに殺意の塊だった……!!)」


 言葉が、怖すぎる。なのに、なぜか目を離せない。ブレない強さがある。あの人、ウツクシイかも。そして阿修羅もまた、挑発的に返す。


「じゃ、オープニングゲーム前に俺がするはずやった説明を『一言一句間違えずに』説明しろや」


「それはお断り。私と同じ発言ができるのは、私だけよ」


「自分への盲信ってのは、自信と過信……どちらにも変化する。お前はどっちやろな?」


 ざわつく会場。その中で、彼女の隣にいた金髪の少女……鏡花きょうかちゃん!と呼んだその子が声を上げた。


「ダメだよ、鏡花ちゃん!これは罠だよ!スライドの内容、後出しされるかもしれない!」


 その子は、鏡花と名乗る黒髪の少女に寄り添うように、必死に言った。


「……でも、私を馬鹿にしたあのクソ野郎に立場を分からせてやりたいのよ。忘れたの、けい?」


「……鏡花ちゃん……」


 金髪の子はうつむきながらも、続ける。


「忘れるわけない!私達を超えるやつなんていない……。鏡花ちゃんが世界一で、ワタシが世界で二番目だもん」


「(こ、この2人……すごく仲良しで、ものすごく危険……!勝手に2人の世界で解決している……!)」


 ただ、これからの展開を想像すると……少し嬉しくない。だから、私は……。


「ちょっとすみません!」


 考えるより前に、私は思わず再び手を挙げてしまった。


「このあとルール説明されるんですよね?……私、その内容、ネタバレになっちゃうんで聞きたくないです。耳栓とかもらえませんか?」


 シーン……。周囲の冷たい視線が突き刺さる。分かってるよぅ!空気が読めないぐらい!分かってるからぁ……!そんな冷たい視線を送らないで……。


「……お前、ちょっと変わっとるな〜。でも不覚にも、もっとお前を知りたいと思ってもたわ」


「……え?」


 あの阿修羅さんの口から、そんな言葉が?


「ねぇ、貴女。名前は?」


 さっきの茶髪の少女……形と呼ばれていた子が、こちらに笑いかけてくる。


「三浦みうです……」


「みうちゃんか。おっけー!……覚えたよ。私達の邪魔をしたことは許さない。絶っ対殺すから」


「(……えっ!?えー!?)」


「行こう、鏡花ちゃん。みうカスには、一番苦しいゲームで死んでもらおうよ!」


「そうね。火炙りもいいけど……溺死も悪くないわね」


 形と鏡花の会話が、ヒュッと空気を引き締める。


「(なんか、私の死因について会話してない……!?)」


 私、さっきから何か地雷を踏みまくってる気がする。でもそれより……。早くゲームがやりたい。見たい。


「さあさあ、前座はこの辺にしとこか。お待ちかね、最初の『テスト』や」


 阿修羅がパチンと指を鳴らすと、背後のモニターに文字が浮かび上がった。


〜オープニングゲーム『あべこべ』〜

 〜ルール〜

・プレイヤーは「赤」と「白」の2色のシールを背中に貼る(自分の色は見えない)。

・同じ色の相手とペアを組めば成功し、共にクリア。

・異なる色同士のペアは失敗し、即ゲームオーバー。

・プレイヤーの半数は、自分の色を知っている。彼らは『あべこべ』という裏役職であり、「異色」のペアを成立させれば勝利。

・『あべこべ』同士のペアも失敗となる。

・スマホで自分の色を撮影してもらう、など機器などを利用した場合は反則負けとする。

・制限時間は60分。時間内にクリアできなければ、残った全員ゲームオーバー。

 

 画面に流れた説明を読みながら、私は思った。


「これ、……あべこべの方が有利だなぁ)」


「シールとスマホは、今から配るで。スマホにはルールも再掲しといたる。……ほな、健闘を祈るわ」


 その瞬間、会場のテンションが大きく変わった。


 配られた封筒を開く。中には、シールとカード……いや、カードの代わりに1枚の『空白紙』。そして、スタッフの方が背中にシールを貼ってくれた。


「……ってことは、私は『知らされてない側』か」


 つまり、私は『あべこべ』ではない。


「(なら、探すべきは同じ空白紙を持つ者)」


 でもそれをどうやって……?そんなことを考えている間にも、空気がざわつく。


「……誰か、お願い。僕の『色』を、教えてくれない?」


 ステージの一角、背の低い少年が手を上げていた。その声は弱々しく、けれど真っ直ぐで――。


「(……始まった)」


 いま、最初の声が響いた。この一言が、静かな湖面に最初の石を落とした。私たちは、もう引き返せない。


『才能』で選別されるデスゲーム。その第一幕が、今、動き出した。

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