第3話 目指せ、スローライフ

 食堂へと赴いた私は、ちょっと緊張しております。

 リキシルおじさまとは、こちらの屋敷に滞在していた間には何度となくお話をしたことがあります。

 私の考えていることに許可を出して頂けるかどうか、ちょっと心配ですね。

 食堂の扉の前に立った私は、何度なく深呼吸をします。


(よしっ、なるようになれです)


 結局、運は天任せです。

 ちなみに先程の本はイリスに持たせてきております。今回、ちょっと必要ですからね。

 そんなわけでして、私はおじさまとの久しぶりの食事の席に向かいます。


 扉を開けて中に入ると、私はおじさまの正面の席に座らされます。

 公爵家のテーブルはかなり長いですから、それはもうかなり遠いです。これなら怒らせても直接手が出ることはないでしょう。

 この世界には魔法があるとはいっても、ちょっと安心です。


 おじさまはまだ独身らしく、食事の席は私と二人だけですね。使用人や給仕の方はいらっしゃいますけれども。

 これはこれで緊張しますね。

 しばらくは黙々と食事をしています。

 メインの食事にかかった頃、ようやくおじさまが口を開きます。


「レイチェル、此度は災難だったな」


「はい? なにがでございましょうか」


 いきなり災難と言われても、ぱっと思いつきませんが?


「魔法学園の入学試験に落ちてしまったのだろう? これを災難と言わず何といおうか」


 ああ、入学試験に落ちたことを指しているのですね。

 あれは災難でも何でもありません。私がうっかり調子に乗ったせいです、自業自得です。


「いえ、お構いなく。確かにショックではありましたけれど、私は事実をきちんと受け止めております」


 私は質問に答えると、ぱくりとひと口食事を口に入れます。

 う~ん、王都の食事はまだマシだったのですが、公爵領の食事は思ったよりおいしくないですね。これは料理人の腕のせいなのでしょうかね。

 もぐもぐと口の中でかみしめながら、ついそんなことを考えてしまいます。


「兄もなぜ抗議をしなかったのだ。レイチェルが試験に落ちて傷心だというのに、何もしてやらぬなどあっていいものか!」


 ああ、おじさまが取り乱してらっしゃいますね。

 もちろん、お父様だって抗議をなさろうとしましたわ。でも、私が傷ついていることを思うと、学園に通わせる方が酷だと判断して取りやめたのですよ。

 試験に落ちたという事実は変えられませんからね。


「おじさま、落ち着いて下さい。お父様も私のことを考えてこの判断をなさったのですから」


「しかしだな……」


「考えてもみて下さい。私が試験に落ちたのは事実なのです。それなのに学園に通っていたら、他の学生たちがどう思われたでしょうか。だから、これでよかったのです」


「レイチェル……」


 私の訴えを聞いて、おじさんは言葉を詰まらせていました。

 まだ幼い子どもがこれだけしっかりしているのですから、自分だけ取り乱すわけにはいきませんからね。


「ところで、おじさま」


「なんだね、レイチェル」


 少し間を置いてから、私はおじさまに話し掛けます。


「心が傷ついた時には自然の中で過ごすとよいと、以前読んだ本に書いてありましたの。そこで、公爵領の中でも自然豊かな場所に、私を住まわせて頂けませんかしら」


「ここでは不満なのか?」


 おじさまが不機嫌そうな顔を私に向けています。

 ですが、私は退きません。話を続けさせて頂きます。


「いえ、ここは私の実家ですのに、何が不満なのでしょうか。ただ、私は以前からしてみたかったことをやってみたいだけなのです」


「やってみたいこと?」


「はい」


 私はイリスに視線を向けます。

 イリスはその意図に気が付いたらしく、持ってこさせた本を持っておじさまへと近付いていきます。


「そちらのイリスに持たせているのは、植物図鑑です。王都で見つけて購入致しました。せっかくですから、土いじりでもして心に癒しを求めようと思うのです」


「公爵令嬢が……土いじり……」


 おじさまはショックを受けたようで、完全に呆けてしまっていますね。


「はい、畑を耕してみたいと思うのです。最初こそおじさまの力はお借りしますが、いずれは自立して農園にまで成長させてみたいと考えていますわ」


 私が告げると、おじさまはものすごく考え込みだしました。

 それはそうでしょうね。ただでさえ魔法学園の入学試験に落ちたというのに、さらには農業に手を出そうというのですから。公爵家の醜聞として、これ以上のものはないでしょうね。

 しばらく悩んでいたおじさまでしたが、イリスに持たせている植物図鑑に一瞬目を向けた後、じっと私の顔を見てきます。

 あまりにも鋭い目だったので、思わず私は息を飲んでしまいました。


「……分かった。学園に通わないのであれば、レイチェルは自由の身だ。病気療養を理由に社交界に出させないことは可能だし、好きなようにしなさい」


 なんと、おじさまから許可が下りました。


「ただし、公爵家の名前は出してはいけないよ。これ以上他の貴族につけ入る隙を与えてはいけないからね」


「それでしたら、名前はレチェで通します。許可を頂き、感謝致します、おじさま」


「心配するな。だが、時々連絡を寄こしてくれ。さすがに兄に報告をしなければならないからな」


「承知致しました」


 報連相は重要ですから、そのくらいはもちろん大丈夫です。


「ならば、食事を終えればその候補地を相談しよう。今までわがままを言ってこなかったお前のわがままだからな」


「はい、おじさま。感謝致します」


 こうして、意外とあっさりとおじさまの許可を取りつけました。


 学園という華やかな舞台に立てなかった私の、地味で自由な暮らしがいよいよ幕を開けるのです。

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