第17話 フルオーバーティタネス・システム

「くそっ!? なん、だよぉっ!? ごれはぁっっ!?!?」


 アリーナが騒然とする中、アデルのぐもった声が響き渡る。

 失ったはずの推力が戻り、空中で停止したアデルの全身からエレメントの波動が吹き荒ぶ。


「やはり、仕掛けられていたか……」


 前髪を揺らす烈風の中で、アデルの姿が変質した。

 目は赤く光り、牙がとがる。

 全身の筋肉が増していき、金色の髪の毛はまるで獅子のたてがみを思わせるように変化し、背中からはサソリのような尾が生えていく。


 その様は、まるで――。


「マンティコア……」


 そう、先日のエデン襲撃において出現したティタネスの一体。

 中量級ミドルクラス該当がいとうする強敵だ。


『暁っ、これはどういうことだ!?』

「あ、えっと……」

『録音はしていない。オフレコだ! 手短に話せ!』


 ゲルテューアを構えると、冴華姉さんからの通信が入った。

 責任者としては、当然の対応か。


「“フルオーバーティタネス・システム”……特装兵士ソルダートとシュラウドの両方にティタネスの細胞を埋め込み、エレメントとティタネスの力を同調。戦闘能力を飛躍的に上昇させる機構……そのプロトタイプって話だ」

『ちぃっ、そんなものが……』

「最強の敵は、最強の味方になるかも……ってことだな。反吐が出るけど……ッ!」


 俺の刀身と、アデルの剛腕が激烈な勢いでぶつかり合う。

 その余波だけで、アリーナのバリアが反応した。


『それが分かっていながら、なぜ決闘を受けた!?』

「人体とティタネスの細胞が中途半端に結合してるせいで、医療的な摘出てきしゅつは無理だ! どの道、アデルの中から細胞を消し飛ばすには、一度システムを起動させるしかない。だから、アデルのバカを追い込む必要があった! ついでにこれだけ大勢の前で騒ぎになれば、スパイの大本も言い逃れはできないし、今後の開発も中止になるはずだ……ってな!」

『なんという無茶を……』

「黙ってたのは悪かったけど、他にやりようがなかった。まあそういうことだよ!」


 刀身からエレメントを発振。漆黒の光刃でアデルの右腕を斬り裂く。

 腕を落とすまでには至らなかったが、そこそこ深く刃が入り――。


『今度は、サラマンダーか!?』


 炎のうろこが傷口をおおうように出現し、今度はマンティコアとサラマンダーが融合したような姿に変化する。

 更に火炎放射。

 まだ幾分か、アデルの面影を残す口元から炎が放たれる。


所詮しょせんはティタネスもどき……めるな!」


 更にグロテスクな光景と化したが、俺は炎連弾の間をうように接近し、光刃を一閃。

 更に斬り抜けた体勢から即座に反転するとエレメント弾を連射し、漆黒の弾丸を浴びせていく。


 前方からは斬撃、後方からは射撃。

 アデルの全身から、鮮血が舞う。


『暁、お前はそのまま足止めしろ。澪を出す! 二人で叩け!』

「いや、大丈夫だよ」

『何を言っている!?』

「だって当たり前だろ。子供ガキ喧嘩けんかに手出しは無用なんだぜ」

『全く、お前という奴は……』


 心底呆れたような嘆息が通信越しに聞こえる。


『暁……』


 緊急事態に際し、メインモニタールームに移動していたらしい澪が、冴華姉さんが通信を変わったようだ。

 ちょうどいい。伝えたいことがあった。


「澪も心配するな。それより他の連中を安心させてやってくれ。アイツは俺がぶっ飛ばすから」

『……分かりました。信じています! 絶対無事で……祝勝会をやるのですからね!』

「あいよ!」


 一対一タイマンの喧嘩で、あのバカを合法的にボコボコにできるんだ。

 こんな絶好の機会を逃してたまるものかよ――ってのは、二割ぐらい冗談として、本音は別だ。

 いくら頼りになるって言っても、やっぱり澪を危険な目に合わせたくない。


 それにせっかくのアヴァリスの初陣だ。

 どうせなら、格好良く終わりたいだろ――ってな。


「月城ォォッ!!!!」

「相変わらず、声がデカい奴だ!!」


 再び光刃と剛腕が激突する。

 だがさっきより出力が上がっているのか、今回は体表を斬り裂くことができなかった。


 更に鍔迫つばぜり合いの姿勢の最中、俺は脱力して大きく背後に飛び退く。

 さっきまで俺がいた場所には、鋭利な尾が踊っていた。


「ったく、本格的に人外染みてきたな」


 一刺しされたら毒で即死。

 というか、口から炎とか自由自在の尻尾とか、もう完全にティタネスそのもの――いや、複数種の特徴がり交ざっている辺り、異形の度合いはそれ以上だ。

 何より奴の全ての攻撃には、エレメントの光が薄く宿っている。


 特装兵士ソルダートであり、ティタネスでもある存在。

 特装兵士ソルダートでもなく、ティタネスでもない存在。


 怪物という言葉は、今の奴にこそ相応ふさわしいのかもしれない。


「くそっ!? くそっくそっ、くそぉっっ!?!? 何で言われた通りにやってるのに、天才の俺がァっ!?」

「誰に言われたのかは、へいの中で、黒服のお兄さんたちに伝えてくれ! 後は知らん!」

「い、やだっ!? 俺は勝つんだ! いつだって勝つんだ! 落ちこぼれなんかに、負けてたまるかァァッ!!!!」


 アデルの全身から力の波動が吹き荒ぶ。

 これまでとは別次元の脈動みゃくどうを感じる。


 黒い双翼、剣の如き両爪、サソリの尾とは別に出現した龍の尾。

 俺はこの脈動みゃくどうを知っている。


「フェルニゲシュか!? それにマンティコアとサラマンダー……こんな組み合わせ、そうそう揃ってたまるかよ!」


 フェルニゲシュなんて大物が、二体も三体もいるとは思えない。

 それに細胞とは言わないまでも、血液サンプルを入手できた貴重な機会には、あまりに心当たりがある。


 マンティコアやサラマンダーも同じだ。

 ちょうど学園内に、細胞のサンプルが転がっていたはずだからな。


 つまりこの事態を引き起こした張本人は、エデン襲撃――俺たちの戦いを利用してティタネスのサンプルを確保。

 精神的に不安定になっているアデルに付け込み、最新鋭のシュラウドとそれを扱える特装兵士ソルダートのテスターまで確保した。

 自分の手を汚さない最低の方法で――。


 この学園の生徒も、教師も、管制官も、シュナイダー博士を始めとしたシュラウド開発者たちも――多くの人間が、世界を守るために命と知恵を差し出している。


 でもこの力は違う。

 その全ての想いと犠牲に、泥を塗る最低の行為だ。

 どこの汚い大人が原因は知らないが、随分とめた真似をしてくれたらしい。


 まあいいさ。

 純正の特装兵士ソルダートが奴らの実験体を叩き潰せば、ふざけたシステムの有用性は失われる。

 それほどまでにアデルをボコボコにすれば、二匹目のドジョウを狙うバカもいなくなるだろう。


 思ってたのとは違うが、さっそくアヴァリスを受けった意味もあったらしい。


「月城ォォッ!!」

「そんなに喚くな。ちゃんと最後まで付き合ってやるよ!」


 誰かに誇る力じゃない。

 護りたい人を、護る力を――。

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