第2章 覚醒ノ黒騎士《Awakening Black Knight》

第10話 真実と進化

 ティタネスによるエデン襲撃から、五日後――。

 俺はとある場所を訪れていた。


 “ヴァイスツァイト・ラボラトリー”。


 日本国内にある海外資本のシュラウド研究所。

 一介いっかいの学生には、縁遠い場所ではあるが――。


「君がアキラ・ツキシロだね! さあ、ここに座りたまえ!」


 俺はレギナ・シュナイダーと名乗った女性科学者によって出迎えられ、超ウェルカム体制で彼女の研究室に通されていた。

 その上、二の足を踏む暇すらなく、シュナイダー博士と向かい合って座っている。

 学園の教師と比べればかなりラフな印象を受けるとはいえ、外部企業の大人と向かい合うのは、やっぱり緊張するな。


「やあやあ、この日が来るのを、首を長くして待っていたよ! 待ち切れずに君の自宅まで押しかけようとしたくらいさ!」

「は、はぁ……」


 主語がない。

 それだけテンションが上がってるってことなんだろうが、困惑して苦笑するしかないのが正直なところだ。


「おっと、失敬。私としたことが、はしたなかったね。では本題に入ろうか」


 一人で舞い上がって、一人で落ち着いて、一人でシリアスムードに突入する。

 まるでジェットコースターだ。

 でも次の発言によって、彼女がただの奇人でないことを知ることになる。


「ここに現時点での、君のパーソナルデータを調整に反映させた最新鋭のシュラウドがある。どうかね? ウチと契約して、この機体を使ってみる気はあるかい?」

「は、はい?」

「お、どうして私と君は初対面なのに、そんなことができるのかって顔だね。理由は……」


 琥珀こはく色の長髪を無造作に伸ばした女研究者は、白衣のポケットから二つのアクセサリーを取り出した。


 一つは、翼を模した白黒モノクロのネックレス。

 もう一つは、金色のブレスレット。


 前者はともかく、後者に関しては、俺にとっても見知った物だ。

 まるでそんな俺の反応を楽しむように、女研究者は金色のブレスレットを指でもてあそぶ。


「“VT-006Pシュテルクスト”……君が用いたこの機体から、先日の戦闘データを吸い出させてもらった。そして、そのデータを私が専任で開発している、こちらの機体に組み込んだ。疑問としては、こんなところかな?」


 私が、専任で――という部分を強調しながら、女研究者がふんぞり返る。

 その手で揺れる白黒モノクロのネックレスが、彼女の言う最新鋭のシュラウドなのだろう。


 なんでそんなにドヤ顔なんだとか、ミニスカートで足を組み替えるのは止めろだとか、言いたいことは色々あるが、まずは――。


「どうして、シュテルクストがここにあるんです? 俺……自分は、持ち主の担任教師に返却を頼んだはずなんですけど……」

「理由は簡単さ。この機体は、我が社が開発した物だ。それにあれだけの戦闘をした後なのだから、修理のために学園から引き上げるのは当然だろう?」


 彼女の言っていることは、まとた答えではある。

 実際、俺の疑問も即座に解消された。

 ただ驚きが全てを凌駕りょうがしているだけで。


「まあ、隣の研究室の物だがね」

「なのに、データを吸い出した?」

「いやはや……」

めてないです。そういえば、ここに案内される時、やたら研究員が走り回ってたのって……」

「ふむ、これを紛失ふんしつしたと勘違いしているのだろう。全く、現代人は時間という重力に縛られていかん」

「完全に借りパクですね。というか、貴方も思いっきり現代人でしょう?」

「二四歳のお姉さんさ!」


 シュテルクストを一時的に借りパクした俺が言うのもアレだが、全く悪びれる様子のない女性の様子には、軽い頭痛を覚えてしまう。

 最近こんなのばっかりだな。

 俺の平穏な学園生活は、一体どこに行った。


「まあこれも、元は私が基礎設計をした物だ。多少は自由に扱っても構わんだろうさ」

「……一体どういうことです? それって隣の研究室に、研究成果だけ持ってかれたようなものなんじゃ……」


 少し開発を手伝ったぐらいならまだ分かる。

 でも自ら基礎設計をしたということは、それはこの人がシュテルクスト製作の根幹を担ったという意味だ。


 一方、シュテルクストは成果を得るべき彼女の手を離れ、隣の研究室の成果物として扱われている様にしか見えない。

 素人の俺でも、違和感を覚える管理体制だ。


 しかもさっきは、彼女自らが、専任でシュラウドを開発しているという研究成果を誇っていたのに――。


「研究途中で、この子を使うという、専任の特装兵士ソルダートが決まってしまってね。その相手に合わせて調整する度に、デチューンを繰り返さなければならなくなった。機能に制限をかけ、性能を落とし……そんな我が子の姿を見るのが、しのびなかったのさ」

「だからプロジェクトを放り投げた?」

「そんなところだ。会社的には、契約してしまったから開発は途中で止められないし、隣の研究室も成果を欲しがっていた。私もこの機体から、既に興味を失くしている。互いに利があるとは思わんかね」


 女研究者は何事もない風に語っているが、シュテルクストの性能の高さは、俺自身がこの身で体感している。

 あれだけのシュラウドを生み出すには、途方とほうもない労力が必要なはずだ。


 その一番大変な部分をこの人が担って、隣の研究室が機体の完成という最大の成果を奪い取った。

 いくら本人が頓着とんちゃくしていないとしても、俺にはそうとしか受け取れない。


 彼女の研究者としての能力が、それだけ他と隔絶かくぜつしているという証明なのだとしても。


「君は優しいのだね。そして強い。だからティタネスに怯える生徒は君の元に集い、あの・・竜ヶ崎家のご令嬢さえも心を許しているのだろう」

「そんなことは……」

「ふふっ、ツンデレさんめ。しかし機体に残っていた会話データは噓をつかんさ」


 突然の話題転換に思わず面食らう。


「何より、科学とは進化なのだよ。だから私は自らの手で、ワンオフの高性能シュラウドを生み出せるこの仕事を選んだ。私は進化を愛している。しかし人間というのは、酷く不完全でね……常にその理想からかけ離れていく。そこに現れたのが……君だ」

「……」

「このシュテルクスト……いくら他の研究者によってデチューンされたとはいえ、基礎設計をしたのは他ならぬ私だ。そこらの専用シュラウドと比べても、それなりの高性能にまとまっている自負はある。しかし先日の戦いでは、君に不自由をいてしまった。これは唾棄だきすべき事態だ。機体の性能が、君に追いつかなかったのだから」

「そんなことまで……」

「分かってしまうさ。君が本気を出したのは、フェルニゲシュに最後の一撃を加えた瞬間だけ。それ以外の局面では、エレメントの出力を制限して戦っていたのだろう?」

「ええ、まあ……」

「そんな状態でもなお……機体稼働率、九五パーセント。最大稼働時には、優に一〇〇パーセントを超えていた。これは驚嘆きょうたんに値する数字だ。だから私は君が欲しい。どうかね? 専用シュラウド持ちになるメリットを天秤てんびんにかければ、そう悪い話ではないだろう? 君は君の理想のために、私を利用すればいい」


 女科学者の目がスッと鋭さを増す。

 態度こそおどけているが、どこか底知れないものを感じる。

 強い意志。狂気。欲望。それとも――。


「使ってみるかい? 私の最高傑作、この“VT-000Xアヴァリス”を――」


 俺の選択は――。

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