第37話 沈黙の荒野


 『――』という国は、グリモニアから馬車で数日かかる距離にあった。

 なぜ今日消えたばかりのアリアがそんな所に......。なんて、俺は考える余裕すらなかった。


 しかし、揺られる馬車の中で一人考えた。

 数日なんて時間をかけていたら、もしかしたら手遅れになってしまうかもしれないと。

 俺は現在のアリアの状況すらも分からない。


 焦った俺は街で材料をかき集め、魔法陣を描き、少量の魔力でも発動する魔法鎧というものを作り上げた。

 

 デザインも安全もおざなりになったほぼ金属の破片に魔法陣が書かれただけの鎧を着て、俺は空を飛んだ。


 馬車の何倍ものスピードで上空を飛んでいる途中、何度も落ちそうになったが、何とか俺は『――』に辿り着いた。


 どこにいるかも分からなかったため、ひとまず捜索願いを出した。

 そして俺は手当たり次第に捜索した。


 街、森、洞窟、山、海。

 飲まず食わずで歩き回ったが、魔法鎧のおかげでかなりの範囲を一瞬で調べ尽くせた。


 数日後。やがて、広大な荒野の中で一人歩いているアリアを見つけた。

 顔はアリアだった。体もアリアだった。


 しかし、頭からは巨大な角が生えており、背中からは白い羽。

 そして黒く鋭い尻尾を携えていた。

 明らかに、おかしい。


 俺が鎧を脱ぎ捨てて駆け寄ると、彼女は再開を喜ぶ暇もなく、虚ろな眼で言った。


「ルフェウス......? 私、お父さんとお母さんに騙されてたみたい......」

「え......?」


 俺はその時になって始めて、アリアの両親の笑顔の違和感に気付いた。

 口元は酷く上がっていたのに、目は少しも動いていなかった。

 

 アリアは続ける。

 

「なんかね......。私の魔力の性質に目をつけた博士に売られちゃったみたい......。ルフェウスが言う第五元素を使って、私の体に変な事したらしくて......」


 アリアは乾いた唇を動かしながら、静かに自分を笑った。


「あはは......。なんで気づけなかったんだろうね。うち貧乏だったし、他の国に引っ越すなんてちょっとだけおかしいと思ったんだ。でも、ルフェウスとの生活が楽しくて頭から抜け落ちたみたい。本当、バカだよね......」

「っ......。だ、大丈夫だアリア。俺が治す! 何年かかっても、俺が......」


 俺はそう強く言ったが、彼女の心には届いていない。


「ごめんね、ルフェウス。私、分かるんだ。このままだと、私は殺人兵器になっちゃう......」


 アリアが手のひらを自分に向けて、魔法を唱えようと息を吸い込んだ。


「アリア! やめッ――!」


 彼女の口から発せられた詠唱。

 手のひらからは鋭い岩が生まれて――彼女の腹部を大きく貫いた。


「アリア......? アリア......! アリア!」


 ぽっかりと大きな穴が空いてしまった。

 内臓と血が次々に流れ落ちていくが、俺にはどうすることも出来なかった。


 息と心臓が酷く跳ねる中、地面に座りながらアリアの体を抱くと、彼女は言った。


「あ......。そうだ、間違いでさ。六年後に送っちゃったんだ......。だから手......」


 そう言いかけて、彼女は首と瞳を微かに動かした。

 しかし、彼女の視線の焦点は一向に俺と合わない。


「――あれ? なにも見えないや......。――まぁいっか、最期にルフェウスと会えただけでも、奇跡みたいなものだよね」

「アリア! 待て! 待ってくれ! 最期だなんて、いきなりそんな......」


 俺は咄嗟に言ったが、もう自分が何を言っているのかも分からなかった。

 現実味のない目の前の光景が、ただただ静かに動いている。


「ルフェウス。ごめんね。私......ルフェウスに助けられてばっかりだった」


 それでも俺の心の内から溢れ出る思いは、勝手に口を動かす。


「何を......。そんな訳......ない......。俺がアリアにどれだけ救われたか......」

「そっか。嬉しいな......」


 そうして彼女は笑みを浮かべた。いつもの笑みとは違う、悲しそうな笑みだ。

 そのまま彼女は静かになっていき......。


「アリア......? アリア!? おい、返事をしろ......」


 俺がアリアの体を必死に動かすと、口元が微かに動いた。


「あぁ......。見たかったなぁ......」


 そうして彼女の体から完全に力抜ける。


「ア、リア......?」


 もう、反応は無い。


 静かな荒野に、青年の慟哭が鳴り響いた。



◇◆◇



 そこから先はあまり覚えていない。

 確か、アリアの体をいじった研究者達を見つけ出して、全員殺した。


 それに関わっていた金持ち達も殺した。 関係者全員を殺した。


 どうやら国民全員がその実験に賛成していたようだった。全員殺した。


 俺は無敗だった。最強だった。

 なぜなら戦争を熟知し、魔法鎧を手に入れた俺に敵はいなかったからだ。


 虚しい。


 すると『――』という小国は滅んだ。

 当たり前だが、国というのは民がいないと成立しないみたいだ。


 最後に、グリモニアに戻ってアリアの両親を殺した。


 復讐は終わった。

 

 何も楽しくなかった。


 涙は出なかった。


 何も無いだけだった。


 俺は彼女の事がそこまで好きじゃなかったのかもしれない。


 城に帰っても彼女の事を思い出すだけだったので、俺はシェルバイツに帰国した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る