第35話 夢の契り


 彼女が自身の夢を教えてくれたあの日から、変わらず毎日のように丘に来ていた。

 雨の日は傘を差して、晴れの日は何も持たずに。


 ある日、心の中に一つのわだかまりがある事に気がついた。

 原因は明白だった。俺が、彼女に本当の事を言っていないからだ。


 現在のシェルバイツの状況は平常運転だ。

 国内の状況もそこそこで、外交もそこそこ。

 兄や父上や大臣達は気づいていないようだったが、制度のそこかしこに無駄があり、そのせいでの損失も少なくは無かった。

 彼女の言う世界平和の道への足を引っ張っているようで、俺は後ろめたい気持ちに苛まれていた。


 だからと言って、俺に国を動かせるだけの力は無く。

 そして、そんなものを手に入れるつもりも無かった。


 ――アリアに嘘をついているようで、居心地の悪い毎日が少し続いた。

 

 そうしてある日、俺が第四王子である事を言うと彼女は驚いていた。

 それを聞いた彼女は、俺を過剰に褒める事も貶す事もせず、いつも通り接してくれた。


「じゃあルフェウスも、15歳になったら王位継承戦に参加したりするの?」


 体と優美な白髪を揺らしながら、明るい声色で聞いてくるアリア。


「いや、俺はいい。争いごとは苦手なんだ」

「ふふっ。そっか......」


 彼女は笑った。

 普段と変わらないような笑顔だったが、つい使用人達の嘲笑と重ねてしまった。


「っ。何を笑っている。そんなに俺がおかしいか?」


 目を逸らしながら聞くと、彼女は真っ直ぐな瞳で俺を見て、首を傾げた。


「ううん。ルフェウスはおかしくないよ。どちらかと言うと優しい?」


 優しい......か......。

 ここにはアリアと俺しかいないというのに、嫌な記憶が頭を通り過ぎていく。

 

「ふん。気が弱くて嫌い。すぐ争いから逃げるから嫌い。よく言われた言葉だ......。俺が男らしくなくて悪かったな」


 俺が反射的に悪態をついてしまい、心の中で後悔していると、彼女はコチラに飛びついてきた。


「も~! ルフェウスはネガティブだなぁ......。――私、優しい人が嫌いなんて一言も言ってないのに......」


 そう言いながら、俺の頭をワシャワシャと乱暴に動かしてくるアリア。

 人に髪を触られた経験も無かったし、触られるのは嫌だった。

 それでもアリアに髪を遊ばれるのは、心地が良かった。


「......どういう意味だ?」


 言葉の意味をすくいきる事が出来なかった俺は質問をすると、アリアはピタリと手を止めて、俺の顔を至近距離で見てきた。


 彼女の完璧とも言える造形美と、アリアの快活な性格を表すような顔つき。

 俺はそんな少女に、つい見惚れていると......。


「――ルフェウスが好きってこと」


 少女は笑った。

 いつものように溌剌で丁寧で、花のような笑顔を浮かべた。


「なっ......!」

「あっ。顔あか~い!」


 あまりにも衝撃的な発言に俺は尻もちをつきながら、後ろに下がる。


「う、うるさいだまれ......」


 その日から俺は、優しいという単語に嫌悪感を抱かなくなった。



◇◆◇



 俺とアリアが出会って一年を迎えた。

 いつもの丘で、いつものように話をしていると、彼女は突然言った。


「私ね。引っ越すんだ。お父さんの仕事の都合で......」

「そ、れは......。突然な事だな。どこへ行くんだ?」


 酷く動揺した。が、それを表には出さないように取り繕うので精一杯だった。


「グリモニアっていう国の、端っこ。マナノっていう村」


 グリモニアと言えば、シェルバイツからミスティガルドを挟んで存在している国だ。隣国の隣国、しかしもそこの端となれば......。


「それはまた、遠いな......」


 俺は我慢できずに顔に影を落としていると、彼女は気を遣って無理に笑ってくれた。


「うん......。でもね! 村の近くにお城があるんだって! 古いけど大っきいの!」

「そうか......」


 いつもの彼女も、俺に気を遣って笑ってくれる時がある。

 でも、今の彼女は何かから目を背けているように思えた。


「――グリモニアの学園には入るんだよな?」


 すると、アリアは目を見開いて少しだけ強く唇を結んだ。


「それが......。村から遠すぎるから、学園には通えないって......」

「じゃあ......アリアの夢は......」


 俺が喉を絞られたような声を出すと、またもや彼女は無理に笑ってくれる。


「ん~。もちろん頑張るよ! でも、村の近くには図書館も無いし、持っていける本も限られてるから......。ゆっくりには、なっちゃうかもね......」


 しかし、言葉を続ける内にだんだんと声の調子を落として、最後には溜息混じりの呟きになっていた。


 ――アリアは優秀だ。

 

 魔法の才能に溢れており、身体能力も高い。

 記憶力に優れており、飲み込みが早く、柔軟な発想がある。

 歴史、政治、数学、農学、地学、社会学、魔法学。

 既にあらゆる学問の知識を蓄えており、国内一の魔法学園に入学するなど容易ことだろう。


 加えて、彼女は特殊な体質があった。 

 それは第五元素と呼ばれる(俺が名付けた)、物質を知覚できる体質だ。

 

 普通、人や亜人は魔力の中に含まれる四大元素を操り、魔法を使う。

 けれど彼女は違った。

 彼女は魔力の核、第五元素を知覚でき、魔力そのものを操ることができた。


 しかし、そんなことは関係がない。

 優秀だとか、才能があるとか、特殊な体質だとか。

 彼女は夢を追いかけている。それも全力で、自分の人生の持てる全てを使って。

 アリアが俺と一日一時間しか会わないのも、それ以外の全てを夢に注げていたからだ。


 そんな彼女が鮮烈に願った夢が、実現させようと全霊をかけて尽力した宿願が、こんな所で朽ち果てていいはずがない。


 俺は立ち上がり、アリアを見下ろしながら宣言した。


「――だったら、俺も行く」

「え......?」


 第四王子なんて、お飾りのようなもの。

 きっと父上や兄達も、怠惰でやる気の無い俺を早くお払い箱にしたいと思っているはずだ。

 だったら国外だってどこにだって、行ってやる。


「アリア、俺はお前の夢を馬鹿馬鹿しいと思う、荒唐無稽だとも思う。それでも、俺だってそんな理想の果てを見てみたくなってしまった......」


 俺は首を横に振った。

 彼女にかける言葉は、俺が思っている本心はこんなものではない。


「――いや、違う......。アリア、俺も一緒に叶えたいんだ。世界中のいさかいを無くし、種族間のわだかまりを解きほぐし、それで少し喧嘩できるような世界を、君に見せたい。君と一緒に見たい。だから、俺も行くよ」


 片膝を地面につき、彼女の片手を手に取った。

 そうして、彼女の宝石のように光り輝く赤い瞳を見据えて、俺は誓った。


「アリア、約束だ。――共に、世界を平和にしよう」


 ――その日、生まれて初めて、彼女の嬉し涙を見た。

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