第33話 燃域
早朝。民宿の窓から少し遠く見えるモニア砂漠は快晴だった。
昨夜まで人々の立ち入りを禁ずるように激しく吹き荒れていた砂嵐は、もう見る影も無い。
照りつける爽やかな朝日と緩やかな暖かさを帯びた砂漠。
部屋の隅にあるのは、巨大なリュック。中には大量の飲水と食料。
砂漠を渡り、国を超えるのだ。もちろん必須になる。
そして移動方法は、馬車のような何かだ。
村の人に砂漠へ行くことを伝えると、馬のような生き物を使った馬車を貸してくれる事になった。
その生き物はどうやら暑さや乾燥に強く、砂漠を移動するのに最適らしい。
もちろん賃料は今日、この村を
寝室から遠くにあるモニア砂漠を見ていると、胸の奥から使命感が湧き上がってくる。
ルフェウスを人質にとり、シェルバイツの王とスミミさんを傷つけさせないという契約を結ぶ。
この旅を通じて、ルフェウスとの距離は比較的近くなったとは思うが、それでも彼は敵だ。
未だにスミミさんを傷つけないという約束を結ぶ気は無いらしく、だからこそシェルバイツに言って話をつける必要がある。
――ふと、気がついた。
ルフェウスの気配を民宿の外から感じる。
スミミさんやレーヴルも民宿の外にいるようで、村人達も自分の家の前に出て突っ立っている。
俺はそんな異様な気配に言い知れぬ不安を覚えて、思わず家の中を走った。
そして靴を履くのも忘れて、玄関を勢いよく開ける。
そうして、目に入ってきたのは城だった。
村から少しだけ距離を開けて鎮座している、ブバルディア城。
先日スミミさんと一緒にデートした、ブバルディア城。
城全体が炎に覆われており、遠くに見えるのは立ち上る火柱と黒い煙。
民宿の前ではスミミさんとレーヴル、ルフェウス、そして村人が立ち止まって城の方を見ていた。
「スミミさん......。スミミさん! お怪我は!?」
俺は急いで駆け寄ると、彼女は嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、ユウ君。どこも傷付いてません」
「よかった......」
俺は安堵すると、とりあえず城の方を観察した。
城の全体、根本からてっぺんまで燃えており、あの分だと跡形も無くなる事になるだろう。
城の足元には短い芝生が生い茂っているだけで、その周りは土で囲われている。
つまりはこの村まで被害は及ばないという事だ。
だとすれば、別に早急に何かをしなければならないという訳ではない。
スミミさんの安全も確認出来たことだし、民宿に戻って準備を進めようと俺は踵を返す。
すると、目の端で動き出した人影。
咄嗟にそちらへと視線を向けた。
『い、行かないと......。約束......』
ルフェウスは酷く焦った様子で、何かを呟きながら城に向けて駆け出した。
一瞬、逃走を図っているのかと思ったが、そんな様子ではない。
額にはダラダラと冷や汗をかいており、その表情は悲痛な程に歪んでいる。
俺は走って、すぐにルフェウスに追いつくと、彼を取り押さえた。
「っ! ルフェウスッ!」
地面に組み伏せられたルフェウスは、歯噛みしながらコチラを睨んできた。
「――ッ! 貴様! 我の体に、なに気安く触れている! 早く離せッ!」
完全に平静を失っている様子のルフェウス。
暴れようとする彼を抑えながら、声をかける。
「とりあえず落ち着け。あの城に何をしに行くつもり――ッ......!」
俺が口を開けていると、ルフェウスの拳が頬に飛んできた。
その勢いで俺は後ろに尻餅をつき、ルフェウスの拘束は外れる。
気がつけばルフェウスは、なりふり構わず城へと走っていった。
「だ、大丈夫ですか、ユウ君......? 今すぐ手当を......」
後ろから追いついたスミミさんは、軽く腫れた俺の頬を心配そうに見つめる。
しかし、まだ奴に話を聞き終えていない。
せっかくのスミミさんからの提案だが、断らせてもらおう。
「いや、俺はヤツを追います。燃えてる城の近くは危険ですので、スミミさんはここにいて下さい」
「分かりました......!」
彼女の返事と首肯を、しかとこの耳と目に入れると俺は全力で駆け出した。
足で地面をえぐり、飛び出す。
一瞬で城の前、そしてルフェウスの元に辿り着いた。
ルフェウスは虚ろな瞳をしたまま、轟々と燃える城の中へと入っていこうとする。
「いい加減にしろ! 自殺するつもりか!?」
俺は急いでルフェウスを地面に組み伏せる。
今度は殴られたとしても拘束は解かない。
すると、彼はいつもの飄々とした態度は
「黙れ! いいから離せと言っているだろうが!」
彼は全力で暴れようとし、先程のように顔も殴ってきたが、俺は絶対に拘束は解かない。
「だからなんで......!」
俺がそう聞くと、彼はもう抵抗が意味を為さないと理解したのか、表情を曇らせた。
それどころか顔を歪めて、大粒の涙を流し始めた。
「早くこの火を消さないと......この火を......」
うわ言のように呟いており、俺は何がなんだか分からない。
「お、おい......。ルフェウス......?」
拘束の力を緩めないまま、ルフェウスを見ながら首を傾げていると、彼は懇願するような瞳で訴えかけてくる。
「頼む、離してくれ......。この火を早く消さないと......アリアが......アリアが......」
濁流のように流れている涙。口をついて出た人の名前。
ルフェウスの沈痛な表情を見て、俺は思い切った。
「......分かった。この火を消せばいいんだな?」
神技『千泥万救』を発動し、大量の透明な液体で城を覆っていく。
城の内外を問わず、全てを透明な液体で埋め尽くし......。
――激しく燃え盛っていた炎は、一瞬で完全に鎮火した。
「これでもう、火は全部消えた。それで――何か事情があるんだな?」
「あぁ......」
外見が灰色一色になってしまった城の眼下にて。
ルフェウスは地面に腰を落としており、曖昧な何かを映している瞳が揺れる。
「話してくれ。このままのお前と砂漠を越えるのは、寝覚めが悪い」
すると、背後からスミミさんとレーヴルが来ていた。
そうしてルフェウスは、小さく口を開いて語り始めた。
――第四王子ルフェウス・シェルバイツの、人生を。
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