第29話 鏡と書斎

 

 ブバルディア城の二階、俺達は歩いていく。

 そうして、おもむろに数多くある部屋の一つに入ってみることにした。


「ここは......少し凄惨な場所ですね......何だか事件性があるというか......」


 部屋の中の様子を見て、俺はそう呟いた。


 そこにはおしゃれなベッドと机、そして中身が空っぽのクローゼット、化粧台が置いてあった。

 そして、化粧台の鏡は無惨に割れており、鏡は地面に散らばっていた。

 加えて壁には数カ所のへこみ跡、まるでここで争いあったような形跡だ。


 すると、スミミさんはスタスタと鏡の破片が散らばっている部屋の中央へと歩いていく。


「スミミさん、危ないですからあんまり奥まで行かないで下さい」

「はい! もちろんです!」


 そんな風に元気よく返事をしたスミミさんを、気がかりに感じ、俺もついていく。

 

 そうしてスミミさんは、地面に落ちている幾つもの鏡を興味深そうに眺めていた。

 俺も隣に立ち、一緒になって見下ろしていると、ちょうど俺の顔が幾つもの鏡に映る。

 

「はぅ~!」


 突然奇声を発しながら、後ろ向きに倒れてしまったスミミさん。

 彼女は口の端から透明な液体を垂らしながら、体を振動させていた。


『鏡の中にいる17人のユウ君、つまりは私の視覚内にユウ君が18人いるってことですよね? ユウ君の18個の脳みそ、ユウ君の18体の肉体。目と耳は36個あって、手の指と足の指はそれぞれ180本ずつ!? ――あばばばばばばば......』


 スミミさんは地面に倒れたまま、『あばばば』と言いながら震えている。

 鏡が散らばっている場所の手前で倒れているから、体に傷は付いていないが、彼女の様子は明らかにおかしい。


「スミミさん!? 大丈夫ですか!?」


 俺が倒れているスミミさんの両肩を持つと、彼女は俺の腕を両手で掴んで何かに気付いた様子。


「はっ! さ、触れる!? そうですよね。鏡はただの幻影......。本物のユウ君はただ一人......。オンリーワンでナンバーワンなのがユウ君なんですから......」


 そう言いながら、彼女は何かを悟ったような表情をする。

 そんなスミミさんの変わり様に、俺は困惑しながらも尋ねた。


「えっと......。スミミさん大丈夫ですか? 何だか城に来てから様子がおかしいような......」


 彼女は満ち足りたような表情で、顔を横に振った。


「いえいえ。むしろ絶好調というか、ユウ君の隣にいる時間が長ければ長いほど、体中の臓器が綺麗になっていくのを感じます。ユウ君の顔を見れば見るほど、心臓がドキドキしてしまって、多幸感と安心感で溺れてしまいそうです......」

「そ、そうですか......?」

「はい!」


 それならいいかと思い、俺は彼女の手を引く。


「この部屋は少し危ないですし、他の部屋を見に行ってみましょうか」

「分かりました! じゃあ全部屋見て、コンプリートしましょう!」

「それは流石に、日が暮れちゃいそうですけどね......」


 そうして、俺達は隣の部屋へと足を運んだ。



◇◆◇



 部屋の中は紙が散乱していた。

 ドアがある壁以外の三面には横幅、縦幅の隙間なく、巨大な本棚が設置されている。

 入口から部屋の奥にあるのは、威厳のある書斎机。

 四本の足はしっかりとした太さがあり、かなり値段の張る物に見えた。


 そうして床のみならず、机の上にも開きっぱなしの本や紙がある。

 机の隅には、短くなりすぎた鉛筆と新品の鉛筆が大量に置いてある。


 先程の可愛らしく、おしゃれにまとまった部屋と比べると、本棚や机の色が明らかに暗めだ。

 そのことから、恐らく隣の部屋とこの部屋の主は、違う人物なのだろうという予測がついた。


 するとスミミさんは本棚の方へと小走りで駆け寄っていき、首を傾げながら呟いた。


「ユウ君、ユウ君、これは歴史の本ですかね......?」


 俺も付いて行き、すぐ隣の本棚にギッシリと入っている本の背表紙を見る。


「えぇ。こっちには種族ごと、もしくは国ごとの文化が詳細に載っている本もありますね......」


 俺は更に隣の本棚も見て、話を続けた。


「あ。こっちは戦争の本です」


 埃を被ってい本の中から、試しに一冊取ってみる。

 パラパラとめくると聞いたことの無い地名の、聞いたことが無い戦争が、辞書のように大量に書かれていた。

 すると、本のページの間から何かがドサリと落ちた。


 折りたたまれた分厚い紙を開いてみると......。

 死傷者の総数、戦争の原因、戦争を回避するためにはどうすればよかったか。などなど。

 一つの戦に対する詳細な情報と、それに対する考察が事細かに書かれている。


 どの項目もびっしり書かれていたが、特に熱量を感じたのは戦争の回避方法についての項目だ。

 文化的な衝突や外交関係の悪化、領土と資源の取り合い、大国の介入の影響などの原因に対して、思わず唸ってしまうような解決案が書かれていた。

 

 しかも、紙は数十枚に及び、書かれている戦争の数は1つや2つではない、50、60は優に超える戦についての考察が書かれていた。

 

 まさかと思い、俺がとった本の隣にある本もとってみる。

 すると、また分厚く折りたたまれた紙が本の間から出てきた。


 内容は同じだった。

 本に書かれている戦争の対しての回避策、原因に対してのより良い解決方法が濃密に書かれている。


 その隣の本も、そのまた隣の本も。

 三つ上の段や二つ下も段の本も、等しくそんな様子だった。


 そうして強烈な思いで書かれたと思われる、既に色褪せてしまった紙を眺めていると、スミミさんは横から紙を覗き込んで来た。


「もしかしたら、この部屋にいた人は戦争が嫌いだったのかもしれませんね。だからこんな熱心に......」

「そうですね......」


 戦争を嫌っている、すなわち平和主義でなければ、ここまで熱量を注ぐことは出来ないだろう。


 そんな風ことを考えながら、俺は紙と本を元の場所に戻し、机の方に目を移す。


 机の上には散乱した大量の紙と本、鉛筆。

 分野は政治、貿易、戦術、農業、etc......。そしてやはり戦争。


 膨大な知識と推論を経て書かれた跡のある幾つもの文字の隅に、それはあった。

 

 立てかけられていた白黒の写真だ。


 それに目を向けると......。

 

 短い金髪のエルフ。希望と活力に満ちた緋色の瞳。


 ――ルフェウスに酷似した少年が写真に映っていた。

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