第22話 霧の中


「それで、ルフェウスさんのスキルは人の傷を癒やすものなんですか?」


 犬耳をピョコピョコと動かしながら聞くスミミさん。

 こんな奴に「さん」を付けるなんて勿体なすぎると思ったが、彼女がそう呼びたいなら、俺は口を挟まないことにした。

 やはり、スミミさんは優しすぎる。


 すると、ルフェウスはスープを一口飲んだ後、素直に首肯した。

 そんな反応を意外に思っていると、奴はスキルについて教えてくれた。


「あぁ、そうだな。骨折程度なら癒せる。一日に使えるのは10回程度だ」


 それを聞いて、一番好奇の目で見たのはレーヴルだった。


「へぇ~! 凄いなぁ~! 骨折が治せるなら十分貴重な人材だよ! 事が終わったら、騎士団に入ってくれない?」

「貴様はなにを言っているんだ......。我が騎士団に入るわけがなかろう......」


 若干引き気味のルフェウスはレーヴルに押されていた。

 レーヴル意外と変わっているところも多い。

 案外、ルフェウス特攻を持っているのかもしれない。


 すると、ルフェウスは眉を下げて自嘲気味に呟いた。


「もっとも、傍にいてくれた大切な人間一人も救えないような矮小な力だがな」


 どこか影のあるそんな一言に、俺達は凍りついた。


「ふん――戯言だ。忘れろ」


 そんな空気を感じて、気遣ったつもりの一言らしい。


 一人救えないって多分、亡くなったってことだよな?

 そんな衝撃的な言葉を忘れられる訳がないだろうが......。


 先程までの明るい空気はどこへやら。

 スミミさんとレーヴルは肩を落として、静かにご飯を口に運んでいる。


 めちゃくちゃ気まずい空気になったじゃねぇか......。どうしてくれんだよ......。


 そんな風にして、その後、数分間は沈黙が続いたまま夕食を終えた。

 ちなみに料理はどれもとても美味しかった。



 そのあとは、風呂に入って寝た。

 ベッドはすごく寝心地の良いものだったが、深夜に喉が乾き、目が冷めた。


 井戸から汲んでいるらしい水を一杯もらって、喉を潤す。

 そうして寝床へ向かっていると、洗濯物を入れているカゴの傍に小さな影があった。


 明かり一つ無い暗闇だから分かりづらいが、体全体が小刻みに動いているようだ。

 最初は動物かと思ったが、どうやら人っぽい。


 まさか下着泥棒とかだろうか。

 この村の人は皆、いい人達ばかりだから、考えたくはないが......。


 もしスミミさんの下着を盗むような奴ならば、即刻島流しに処すつもりで、その正体を見ようと目を凝らした。


 すると、なんだか艷やかな声が聞こえてくる。


「はぁはぁ......。これがユウ君の匂いなんですね......。最高です......」


 俺を「ユウ君」などと呼ぶのは、スミミさんかレーヴルしかいない。

 加えて、その声色は完全にスミミさんだった。

 

 そして影の形的に彼女が手に持っているのは、俺の下着だ。


 だんだんと早くなっていく水が跳ねるような音と、スミミさんの息。


 俺は何も見なかったことにして、再び寝た。

 俺は何も見ていない。

 見ていないのだ。



◇◆◇



 翌日。その日は運悪く、森に濃い霧がかかってしまった。

 向かうべき方向はある程度分かるのだが、道に迷ってしまっては危険だということで、もう一日ケヒ村に滞在することになった。


 そうして今日は皆、自由行動にすることにした。

 

 ルフェウスは霧があって、村を出るのは自殺行為だし、気配で大体どこにいるか分かるので大丈夫だ。

 そうして奴は「この村の教育基準を、この目で見極めてくる」とか言って、他の民家へと行ってしまった。

 これは予想だが、向かった民家は子供の遊び場でもあるため、奴は子供が好きだったりするのだろう。

 ケッ。ギャップ萌えでも狙ってんのかよ。卑しい奴め。


 レーヴルは何もしていないと落ち着かない気質なのか、無償で村中の畑仕事をしたり、雑務を請け負っていた。

 騎士団にいたころは、二番隊隊長でありながら、書類仕事もかなりやっていたと聞くし、ああ見えてワーカホリック気味だったりするのかもしれない。

 そう思うと、ちょっと可哀想だ。


 スミミさんは、縁側にボーっと座っている俺にお茶を出してくれた。

 その後は、俺の斜め後ろ辺りで少し距離を開けて正座をしていた。

 

 そんな様子で、俺の横顔を見て満足そうな笑みを浮かべたり。

 風に揺れる俺の髪を見て、目を輝かせたり。

 お茶を飲む俺を見て、恍惚とした表情をしたりと、ずっとそんな様子だ......。


 正直ちょっとだけ、ほんのちょっぴりだけ怖い。


 しかし、ずっと俺にベッタリというのも良くない気がする。

 なので俺はミッションを与えることにした。


「ミッションですか?」

「はい。今日のミッションはすばり――この村の同年代の娘と仲良くなることです」

「あ。そうして集めた女性達全員を、ユウ君が妻に迎えるということですね!」

「違います」


 この人は何を勘違いしているのだろうか......。


「まぁ、ちょっとした遊びのようなものです。こんな天気ですしね。ミッションを達成できたら、ご褒美を用意しています」


 そう言うと、全速力で駆け出して行ったスミミさん。


 

 十数分後、スミミさんの跡を追って、俺は影から彼女らの会話を盗み聞く。

 本当はこんなことをしてはいけないと思うが、これもスミミさんの成長度合いを計るためだ。


「いやもう、本当にかっこよかったんですよ! 悪い騎士達が私に襲いかかってくるんですけど、そこを一瞬で倒してしまって......。もしユウ君との子供が出来たら、この話は絶対に寝る前に聞かせようと思います!」


「こ、子供......? スミミちゃんって、大人なのね......」


「い、いえいえ。私なんかまだまだ全然子供ですよ。この前なんか、ユウ君がお辞儀をする角度がちょうど57度なんですけど、それから私、街で57度の物を見つけると興奮するようになってしまって......。ですから全然、子供なんです」


「そ、そうなんだ? でも好きな人がいるのって羨ましいな......」


「そうですかね? 私も偶然......。いや運命ですが、世界で一番美しい男性に出会えたので、サーニャさんも相性の良い方ときっと出会えますよ!」


「そ、そうかな?」


「そうです!」


 という風に恋の話で会話が弾んでいる様子の二人だった。

 スミミさんの想い人が俺というのは、少々引っかかるところがあったが、それでも同年代の仲良く会話ができているようで、俺は安心した。


 そうして、これ以上の盗み聞きは野暮だと思い、すぐに宿に戻った。


 スミミさんが帰ってきた後、ご褒美として、村にある材料でちょっとしたお菓子を作ってあげたところ、彼女は喜んで食べてくれた。

 次は何か欲しいものはありますかと聞いたら、一日中履いた靴下を下さいと言われて、愕然としたのはまた別の話だ。

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