第19章 再会
霧は薄れたのに、空気はまだ静まりかえっている。
私は心の奥に沈んだ言葉をひとつずつ拾い上げ、そっと口にしていった。
──まず、シロに。
「……ねえ、シロ」
彼は私の声にすぐ反応し、目を細めて振り返る。
仮面の割れたその顔には、年上の穏やかさと、どこか儚さがあった。
「お兄ちゃんだったんだね」
私の言葉に、彼の肩が小さく震えた。
「……見たの? 僕たちの記憶を」
「うん。全部じゃないけど、きっと……あれは、あなたの想いだった」
「そう……かも、しれないね。記憶だけが残った身体じゃ、気づけなかった。
でも、君が織ってくれた魔法が、僕を人間に戻してくれた気がする」
「あなたの記憶と、想いと、それから──寂しさ。全部、確かにここにあるわ」
シロは、ほんの少しだけ笑った。
その笑みは、弟を想う兄の顔だった。
⸻
次に、クロに向き直る。
彼は黙って、でも逃げずに私を見ていた。
あの無垢な瞳には、記憶がないはずなのに、何かを訴えるような光があった。
「……怖かった?」
私がそう訊くと、彼は少し戸惑いながら、首をかしげた。
「わからない。でも、何もないのが……ずっと苦しかった」
「今は?」
「……君が呼んでくれる。それがあるだけで、俺は、ここにいるってわかる」
彼は、自分の胸を押さえた。
「この名前も、この身体も、全部誰かがくれたものだけど……
今、こうして立ってる自分は、たしかに“俺”だって、思えるんだ」
「……なら、それでいいの。あなたはもう“誰か”よ。ちゃんとここにいるわ」
クロは、小さくうなずいた。その仕草は、幼くて、でも力強かった。
⸻
最後に、私はシシマルへと視線を向けた。
彼は、ぽかんとした顔で私たちのやりとりを聞いていた。
「シシマル……あなた、全部聞いてた?」
「うん。でも、何のことか……さっぱりわかんない!」
いつも通りだった。霧があろうが記憶が揺れようが、彼の明るさだけは変わらなかった。
「でも、ネイアが泣きそうな顔してたから……それはちゃんと見てた」
私は思わず吹き出してしまった。
「そっか、ありがとう。あなたがいてくれてよかった」
「にゃふふん。ボクはネイアのしもべだからね!
つらいときも、くるしいときも、そばにいるよ!」
小さな尻尾をぶんぶん振って、彼は私の足元をぐるぐる回った。
その姿に、私は胸の奥が少しだけ、ふわっと軽くなるのを感じた。
⸻
三人と、ちゃんと話せた。
それぞれに、“彼らだけの形”がある。
その全部を、私は“受け取った”んだと思う。
霧がようやく、完全に晴れていった。
次に進むための光が、遠くで私たちを待っていた。
──そのときだった。
──ビービーッ、ビービーッ!
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