第14章 ニャグレム起動

 図面の上に、私の指が止まる。


 「……シシマルには、人型じゃ無理ね」


 視線の先には、これまで作ってきたゴーレムの設計図。どれも人型で、精密に動くよう作られているけれど──直感で動くタイプには向いていない。


 『わかってるよー! 人っぽいの苦手なんだよねー! もっとこう……獣っぽいやつ、欲しい!』


 跳ねるように机に身を乗り出すシシマル。

 この性格、説明して理解させるのは無理。だったら、合わせるしかない。


 「四脚型……猫、いや、虎型かしら。速さと跳躍力に重点を置いて……」


 『おっ!それ、カッコいいやつじゃない?』


 『サイズと重心設計には気をつけたほうがいいと思うね。あと制御式も』


 シロが横から口を挟む。確かに、直感操作は誤作動の危険もある。けど──


 「魔力の“手”で、シシマルの感覚を補助すれば、制御できるかも」


 魔力手。それは魔法で構築された形のない“手”であり、術者の感覚に沿って動かせる補助機能。

 今までは作業用だったけど……今回は操作補助に転用してみよう。


 私は《紡ぎ口》を起動し、床に新たな魔法陣を刻む。


 「いくわよ……新型、直感操作型ゴーレム──名付けて《ニャグレム》、構築開始!」


 光の奔流がほとばしり、設計された骨格が次々と組み上がる。

 鋭く伸びた爪、筋肉を模した魔力構造、虎のような鋭い目──

 だが、設計よりもやや……いや、かなり大きくなっている。


 『……ちょっとデカくなってない?』


 『制御失敗すると……潰されそうだな』


 でも、私は笑った。


 「乗って、シシマル」


 『お、おお……! まかせろーっ!』


 シシマルが背に飛び乗った瞬間、ニャグレムの眼が光り、全身が低くうなるように動き出す。


 『よーし!ニャグレム、いっけーっ!』


 シシマルの叫びと同時、ニャグレムが爆音を残して跳ねた。

 四本の脚が地を蹴り、まるで稲妻のように加速していく。


 「速すぎる……!」


 私は思わず声を漏らした。

 直感操作の応答性は想像以上で、シシマルの気まぐれな動きに、機体が完全に食らいついている。


 『うおー!すっげぇ! 跳べる!走れる! 突っ込めるーっ!』


 興奮するシシマルに、ニャグレムが応じるように咆哮をあげ、岩場に突っ込んだ。


 ──ドガァン!!


 岩は粉砕されたけれど、その勢いのまま機体がバランスを崩す。


 『おわっ!?ちょ、止まん──』


 ニャグレムは横滑りしながら、木々をなぎ倒していく。

 まるで暴走獣のような挙動だった。


 「まずい、魔力手で介入するわ!」


 私は両手を構え、《魔力手》を起動。

 青白い半透明の“手”が二本、空間に浮かび、ニャグレムの肩と後脚を同時に押さえ込む。


 「抑えて──止まってっ!」


 地面を削りながら、ついにニャグレムは停止した。

 全身から湯気のような魔力の蒸気が噴き出している。


 『……少し、や、やりすぎた?』


 『少しじゃないかな、かなり、ね』


 呆れ声のシロの言葉に、私はため息をつく。


 「……制御補助を強化しなきゃね」


 けれど、私の胸の中には確かな手応えがあった。

 ──この子は使える、きちんと調整できれば。


 私は静かに、ニャグレムの頭を撫でた。


 「いい子ね。次はもっと、うまく走れるようにしてあげるわ」



 「……ここをもう少し、柔らかくしてみようかしら」


 私は《紡ぎ口》に魔力を流しながら、ニャグレムの脚部フレームの素材配合を調整していた。

 目指すのは、“俊敏さ”と“制動性”の両立。


 『軽けりゃ止まらない。重けりゃ動けない。むずかしいとこだね』


 シロがぼやくように呟く。

 けれど彼の表情は、悪くなかった。


 『ニャグレムの顔、ちょっと優しくしたらどう?今のだと、怒ってるトラって感じ』


 シシマルが横から割り込んでくる。


 「……そう?でも、かっこいいよ」


 私は苦笑しながら、魔力手で鼻先の鋳型をちょっとだけ丸く削った。

 ──結果、どこか愛嬌のあるフォルムに変わる。


 『あ、かわいくなった!うん、これなら愛されニャグレムだ!』


 「そんな方向で良かったのかしら……」


 不安になりつつも、最終調整が完了する。

 そして──

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