死にたい彼女と恋をした男の子 ~君と僕の、最後の恋物語~

天野 つむぎ

第1話

雨の日だった。

 朝から空は重たく、教室の空気もどこか湿っていた。

 梅雨の季節。みんなが憂鬱そうな顔をしているのに、それでも彼女だけは――もっと深く、もっと暗い色をしていた。


 雨宮澪。

 同じクラスの“透明な存在”。


 誰も彼女に話しかけない。

 目が合えば舌打ちされ、声を出せば「陰気くさい」と笑われる。

 机にはいつの間にか「しね」「死ねば?」の落書きが増えていた。

 でも、彼女は誰にも「助けて。」と言わなかった。

 いや、言えなかったのだろう。

 だって、そう叫んだところで誰も助けないことは目に見えてわかっていたのだから。


 それに先生も見て見ぬふりをし続けた。

 クラスの空気を壊さないために、誰も彼女を“触れてはいけないもの”のように扱った。


 ――まるで、最初からいなかったみたいに。


 彼女を初めて意識したのは、いつだったろう。


 たぶん、教室のすみでノートを破かれていた日かもしれない。

 あるいは、昼休みに弁当をひとりでトイレに持って行くのを見かけたとき。

 それとも、放課後の屋上で、柵を見つめて立ち尽くしていたときかもしれない。


 僕は、ずっと声をかけられなかった。

 怖かったからじゃない。ただ――その目が、本当に死んでいたから。


 どこか触れてはいけないものに見えた。


 僕自身、目立たない存在だった。

 友達も少なく、誰かに必要とされたこともほとんどない。

 でも、それでも毎日がそれなりに過ぎていくことに、僕はなんとなく甘えていた。


 ……そう、“なんとなく”生きていた。

 それが彼女と僕の、決定的な違いだった。


 ある日の放課後。

 雨が降っていた。グラウンドに泥の水たまりが広がっていた。


 僕は忘れ物を取りに校舎に戻る途中、誰もいない校庭の奥――校舎裏のフェンスに人影を見つけた。


 濡れた髪。制服の裾が風に揺れている。

 小さな体が、金網の向こうに立っていた。


 その姿を見た瞬間、心臓が掴まれたような衝撃が走った。

 ――わかってしまった。


 あれは、命を手放そうとしている人間の姿だった。


 僕は無意識に走っていた。

 水たまりを蹴って、滑りそうになりながらも、ただ彼女に向かって。


 心の中で誰かが叫んでいた。

 「このままじゃダメだ」

 「助けなきゃ」

 「死んでしまう」


 名前も、言葉も、何も浮かばないまま、僕は叫んだ。


 「――君、死にたいの?」

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