第十二話:増える相談
『社内バズチャレンジ』の成功、そして『次世代ワークスタイル改革プロジェクト』の承認。『イノベーション推進室』は、社内で一躍注目の的となった。あの会議から、俺のデスクには、これまで考えられなかったような相談や問い合わせが殺到するようになった。
「吉野室長、うちの部署でも『ハーモニー・ウェイブ』を活用して、もっと社員のモチベーションを上げたいんですが、何か良いアイデアはありますか?」
「吉野さん、この新しい企画、社内SNSでどう広報すれば、もっと多くの社員に届くと思いますか?」
相談に来るのは、若手社員からベテランまで様々だ。特に、女性社員からの相談が多かった。小川莉子をはじめとする『イノベーション推進室』のメンバーたちも、そんな俺の姿を見て、誇らしげに微笑んでいる。
頼られることに、俺は充実感を覚えていた。これまでは誰にも見向きもされなかった俺の能力が、今、会社のために役立っている。社内SNSのデータが、こんなにも多くの部署や社員の役に立つと知って、俺自身も驚きと喜びを感じていた。
だが、相談が増えるにつれて、俺の忙しさはさらに加速していった。終業後も、連日相談対応や打ち合わせに追われ、ジムに行く時間すらままならない日も出てきた。
◆
ある日の夕方。オフィスに誰もいなくなった後も、俺は一人、デスクで資料を読み込んでいた。そこに、温かいコーヒーが差し出された。
「吉野くん、まだ仕事? 働きすぎよ」
そこに立っていたのは、高瀬さんだった。彼女はいつも、俺の体調や状況に気を配ってくれる。
「高瀬さん、ありがとうございます。でも、これくらいは…」
「無理は禁物よ。今のあなたは、会社の宝なんだから」
高瀬さんはそう言って、俺の向かいの席に座った。その瞳は、優しく、そしてどこか切なげに見えた。
「最近、吉野くんのところには、女性社員からの相談が殺到しているでしょう? みんな、あなたを頼りにしてるわ」
「そうですね。嬉しいことです」
「ええ、嬉しいことよ。でも、あなた、気づいていないの?」
高瀬さんが、ふいに尋ねてきた。
「何に、ですか?」
「……いいえ、なんでもないわ」
彼女は小さく首を振り、コーヒーを一口飲んだ。その横顔は、いつもより少しだけ寂しそうに見えた。
「吉野くんのことは、よく理解しているつもりよ。あなたの才能も、努力も、そして…あなたの優しさも」
高瀬さんの声は、静かに、そしてゆっくりと俺の心に響いた。彼女は、俺が窓際社員だった頃から、俺の能力に注目してくれていた。そして、今も、俺を支え続けてくれている。
俺は、高瀬さんの真剣な眼差しから、彼女の感情が、単なる同僚や上司としてのものとは違うものに変化し始めていることを、漠然とではあったが、自覚し始めていた。
「高瀬さん…」
俺が何かを言おうとすると、彼女は立ち上がった。
「そろそろ帰りましょう。また明日もあるんだから」
高瀬さんはそう言って、俺のデスクに資料をまとめ、静かにオフィスを出て行った。その背中には、これまで見せたことのない、複雑な感情の揺らぎが見て取れた。
俺は一人残されたオフィスで、高瀬さんが淹れてくれた温かいコーヒーをゆっくりと飲んだ。俺の周りには、今、多くの女性たちの好意と期待が渦巻いている。
この状況は、俺にとってこれまで経験したことのない戸惑いも生み出していた。俺の人生は、急速に、そして予期せぬ方向に進んでいる。
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