1章-4
スーインはたっぷり三日、昏倒した。
ギリギリまで溜まった疲労の中で受けた精神的打撃が激しかったようだ。
スーインが目を覚ました時には、エリシアが枕元に控えていた。
そのエリシアから、アーサーの本意を伝え聞き、スーインはようやくアーサーの真意を理解した。
理解はしたが、結局帰ってこれる可能性の低い場所に行かざるを得ないことは変わりがない。沈みゆく夕日を眺めながら、目が覚めたことをイフラームに伝えるのは、夜半過ぎまで待ってほしい、とスーインは静かに独り言のようにつぶやいた。
エリシアははじかれたようにスーインの横顔を見つめ……やがて小さくうなずいた。
**
厚い外套を着ても、まだ寒いわね。
空気は澄み切った透明さを失い、うっすらけぶるような様子をたたえはじめているのに、夜気はまだまだ冷たい冬のものだった。
そっと花園に忍ぶ。
案の定、そこにアーサーがいた。
「アーサー……」
そっと声をかける。
「目が覚めたのだな……やはり来たか」
「考えることは、昔から変わらないわね、わたしたち」
「スーイン、許してくれたのか?」
アーサーは、一歩スーインに近づく。
「許すも何も、あれしか答えようがなかったのでしょう?」
スーインは、アーサーが近づいた分だけ後ずさる。
「王命だ。無事、かえってこい」
「聞ける命令と聞けない命令があるわ」
「帰ってこないなんて、だめだ」
「もちろん、帰ってくるつもりでは行くわよ!」
「つもりではだめだ!帰ってくるのだ、絶対に!!」
とうとう焦れたアーサーが、大股でスーインとの距離を詰めるとその肩を抱きすくめた。
「生きて帰ってくるのだ……生きて帰ってこなくば、俺は王をやめる」
「アーサー!何を言うの!!」
思わぬ言葉に、スーインはアーサーを振り切ろうともがくが、アーサーの腕がほどける気配は全くなかった。
「俺がなぜ即位したか、わかるか?」
スーインの両肩をつかんで体を離し、アーサーはスーインの目をのぞき込む。
「国を守りよりよく導きたいと言ったスーインを、守るために俺は王になったのだ」
涙をたたえた瞳でしばらくアーサーを見つめ、答える代わりにスーインは縋り付くようにアーサーに抱き着いた。
**
「よりよく導けなかったかもしれないけど、国は守るわ」
あなたの気持ちに応えるために。
決して口にできない言葉だが、アーサーには伝わっている、とスーインは確信している。
「長子相続は置いていく。エルディオとユーリが動かすでしょう。成立させてね」
「わかった。その代わり、もう一度言う。生きて帰って来い。王命だ」
応えられない命を下すアーサーに、スーインはあやふやに笑ってみせた。
「今日のことは、忘れないわ」
最後にそう言うと、しっかりとした足取りで花園を出ていった。
**
十年前も、数か月前も、そして今も。去っていくのはスーインだな。
アーサーはほろ苦い思いをかみしめる。
だが、今日のことは忘れないと言ってくれた。忘れる、と宣言されたことを思えば、とんでもない前進だと思う。
しかし……
数か月前にもそうしたように、アーサーは自分の手のひらを広げてじっと見つめる。
この手の上には水の国が乗っている。
これを守り、前進させるのは自分が生まれ持って背負った宿命なのだ。
その手のひらを、月光が輝き、照らす。
……難しく考えるのはよそう。
帰って来いと命令した。
であれば、スーインが帰ってきたときには彼女が導きたかった姿に、少しでも近づくよう考えるしかないのだ。それが、王として愛する女性を死地に赴かせてしまったことへの報いのはずだ。
異国の地でスーインが困らないよう、バックアップ体制を万全に固めるのだ。
そして、スーインが残した悲願も叶えるのだ。必ず。
そう必ず――アーサーは広げた手のひらをぐっと握りこんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます