2章-3

 翌朝。

 疲労感もすっきり抜けた体で、スーインは宮廷の朝議に参加する。

 せっかくの良い気分なのに、前日のアスリーア所生の第一王子が薨去したことで、宮廷雀たちが盛んにさえずっていて、せっかくの爽快な気分が台無しだ、とスーインは内心うんざりする。


「事実、こうまで三歳を超える王子が出ないとは……やはり中の姫の呪が……」

「そうですぞ……アーサー王のあと、成人した王子はおりませぬな」

「また王太子不在期間が延びますな……」

「雪の国のように、つなぎの王太女を強行しますかな……女大公の手腕があれぱ実現しますな、ほほ」


 囁きのうち、明らかにいくつかはスーインへの牽制だ。鉄壁の『素知らぬ振り』の仮面をかぶるが、いくつかはスーインの怒髪天を衝かせるかというささやきが混じっており、仮面を落とさないようにするのに、スーインはずいぶん苦労した。


 アーサー王がでてきて朝議が始まる。

息子が亡くなったばかりでも朝議に出ざるを得ないアーサーにスーインは同情するが、王太子を失ったという大きな事実の前には、父であるより前に王である必要がある。同情はするが、出てくるなとはスーインにも言えなかった。


 アーサーは、おそらく無理をして出てきたのだろうが、その誠意は実りを結ばなかった。

 本日の議題になるはずだった王太子問題は、「様子見」という都合のよい曖昧な言葉に包まれて、あっさりと棚上げされた。

 もう一人の当事者である左大公当主代行のセザリアン――伝統主義の権化――が不在であったからだ。

 だが、あの男がいたところで何を言うかなど火を見るより明らかだ。「直系王統を守るべし」、それ以外の主張を彼が持っているとも思えない。わかっていてなお、彼がいないというだけで議論のテーブルにすら乗せようとしない。セザリアンがいる場で後継について論議する、その事実が廷臣たちにとっては譲れない大事なことなのだろう。


 結局のところ、今の廷臣たちが気にしているのは「自らの地位の保身」なのだ。水の国がどうなるか、はおそらく彼らにとっては大きな問題になっていないのだ。


 ――贄にもなれぬ、まずい奴らめ


 スーインは心の中で罵倒する。状況は変えたい。だが今ではない。苦い思いを飲み下し、スーインは目の前で朝議が終わっていくのを静かに眺めていた。


 と、朝議が終わることはわかってはいるが納得できない、と顔に描いているアーサーと目が合った。


 どうにかしたいなら、あなたの覚悟一つなんだけど。


 心の中でつぶやくと、アーサーの視線を絶って、スーインは朝議の間を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る