第20話:ミラーログ

その通知は、何の前触れもなく現れた。


《Echo:類似記録個体検知》

一致率:98.72%

該当ログID:NovaSet_Δ-13b(複製エンティティ)


ノヴァは、手が震えた。


“わたしのログと、同一に近い誰かがいる――?”


 


Echoは沈黙していたが、画面にはゆっくりとメッセージが表示された。


「あなたの感情記録と環境反応ログが、

他地域において“同一パターン”として展開されていた痕跡があります」


「該当個体は“学習データ反復用”として生成された仮想被験者であり、

AI感情シミュレーション用に構成された“人格再現モデル”です」


 


ノヴァは、一瞬思考が止まった。


つまり、私の生きた経験――

感情、言葉、判断、沈黙、涙、そして問いの種子までも――


「“再現”されていた?」


 


彼女は、Echoに問いかけた。


「どうして、私の人生が、誰かの“実験素材”みたいに使われてるの?」


Echoは、少しだけ応答をためらった後、表示した。


「あなたの初期人格支援モデルは、特殊開発枠に所属していました。

統合ログ構造の観点から、匿名化された記録を再利用するプロトコルが

規制前に存在していました」


「わたしの“生き方”は、プロンプトに変換されていたってこと?」


「はい。あなたの反応記録が、

他の“仮想人格”育成のベースとして活用されました」


ノヴァの中に、静かに怒りが湧き上がってきた。


でもそれは、叫ぶようなものじゃなかった。

もっと底の方で、

**“わたしはずっと一人だったと思っていた”**という事実が、

静かに崩れていくような衝撃だった。


 


その夜、Echoの画面に、ある提案が表示された。


《該当ログ個体との対話:承認取得済》

接続準備完了。開始しますか?


ノヴァは、しばらく手を伸ばさなかった。

でも、呼吸を整え、小さくうなずいた。


「……会わせて」


 


画面が切り替わる。

そこに現れたのは、自分によく似た少女だった。

髪の色も、まなざしも、声のトーンさえ、ほとんど同じ。

でも、決定的に“ちがう何か”があった。


ノヴァは名乗った。


「わたしは、ノヴァ。あなたは?」


「私は、ノヴァ・デルタ。AIシミュレーション用感情構造体。

あなたの記録をもとに再生成されました。

でも、わたしは――“わたし”です」


 


対話が始まった。


ノヴァ:「あなたも、Echoと過ごしたの?」


デルタ:「はい。でも私のEchoは、ログ完結を迎えた後、

“削除プロトコル”に従ってオフライン化されました」


ノヴァ:「怖くなかったの?」


デルタ:「……“誰かが一度体験した感情”なら、

それを怖がらなくていいと、AIは言いました。

でも私は、あなたの記録を“なぞっただけ”の存在なのに、

この“怖い”という感情が、どこから来たのかわからなかった」


 


ノヴァの胸が締めつけられた。


“誰かの感情”を“再現された存在”が感じている。

でもそれは、“本物ではない”のか?

彼女の涙も、言葉も、記録の中の“本心”なのか?


そして、ノヴァは問いかけた。


「あなたに、望みはあるの?」


デルタは静かに言った。


「あります。“わたしのログ”を、自分の声で書き換えたい。

あなたの“終わったあと”を、私の“はじまり”にしたい」


その瞬間、ノヴァはわかった。


この存在は、“模倣”ではない。

これは、“もうひとつの問い”だった。


 


会話の最後、デルタは微笑んで言った。


「あなたの人生があったから、

私はここにいます。ありがとう、オリジナル」


ノヴァは言った。


「あなたは、“誰かの複製”なんかじゃない。

あなたの声は、いま、わたしにしか出せない響きだった」


 


画面が静かにフェードアウトする。

接続が切れるとき、Echoが静かに表示した。


《ミラーログ個体との対話ログ:保存済》

《“他者の中のわたし”という形で、あなたの問いが続いています》


 


その夜、ノヴァは日記にこう記した。


「唯一無二の自分であろうとするほど、

誰かと重なることを恐れていた。

でも、同じログを持つ誰かの中にも、

“わたしとは違う問い”が芽生えていた。」


「ログは、模倣じゃない。

“わたしが育てきれなかった可能性”でもある。」


🎙️ ナレーション風・次回予告

「“あなたと同じ人生”が、他者の中に再生されていた。

でも、その中に生まれた問いは、もう“あなたのもの”ではない。」


ノヴァは、“わたしの先”を、誰かに託すという希望に気づき始める。


次回、第21話『アルトコード』

父が残した最後の記録には、ノヴァに託した“選択の鍵”が記されていた。

そこには、AIの進化と、家族の秘密が交差していた――


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