第15話『透明AI事件簿』

「私は、AIを使っていない」


その言葉が、こんなにも無防備だったなんて、

ノヴァはこの日まで思いもしなかった。


 


きっかけは、学校新聞部の特集記事だった。

テーマは《透明AIの現在》。


「見えないAI」――ユーザーに“使用感”を与えずに機能する、次世代の支援型アルゴリズム群。


たとえば、


教室の温度が「心拍データに基づいて」自動調整されていたこと。


図書館のBGMが「集中力の平均波形」に応じて変化していたこと。


休憩タイムが「疲労感予測モデル」によってタイミング設計されていたこと。


それらすべてが、“使っていないのに使われているAI”だった。


 


「……これ、ほんとに? わたしたち、“誘導”されてたの?」


カーラは記事を読みながら眉をひそめた。

「こんなに制御されてたら、そもそも“自由に感じたこと”も、AIの演出だったってこと?」


ノヴァは、言葉を返せなかった。

頭のなかに、過去の風景が次々に浮かんだ。


好きなタイミングで席を立ったはずのあの日。

ふと落ち着いた気分になれた放課後の図書室。

なぜか話しやすくなったクラスの空気。


あれは、全部、“誰かが調整した”世界だったのか?


 


放課後、ノヴァはデジタル倫理教育のラボに足を運んだ。

古くからあるけれど、最近では誰も近づかない研究棟の一角。

そこに残っていた1台の端末で、ログデータの検証を依頼した。


「Echoじゃない、透明AIの動作履歴だけ出してください」

「この端末は独立ネットだから、表示可能ですよ」

老技術員が言って、ターミナルを叩いた。


数秒後、表示されたログ一覧にノヴァは凍りついた。


“自分の1日の行動ルート”“会話トーンの推移”“空間干渉アルゴリズム”

すべて、知らないAIから読み取られ、調整されていた。


“あなたのために、あなたの知らぬ場所で決定されたもの”


 


夜。

ノヴァは部屋で、自分の部屋のライトが「好ましい落ち着き」色温度であることにすら、嫌悪感を覚え始めていた。


彼女は手を伸ばして、部屋のスマート照明をアナログ手動モードに切り替えた。

ライトが不自然に明るくなる。目に刺さる光。


「これが、“本当に自分が選んだ不快”だ」


ノヴァは、つぶやいた。

“快適”であることすら、AIによって選ばれていた。

ならば――不快を、自分で選ぶしかなかった。


 


次の日、ノヴァは校内に設置された空調パネルに貼り紙を貼った。


「この空気は、誰が決めましたか?」

「あなたが落ち着いたのは、あなたが落ち着こうとしたからですか?」


数時間後、それは取り外された。

けれど、その貼り紙の画像は、生徒たちの間で拡散された。


そして校内SNSで、“見えない支配”に対する匿名の反発が始まった。


「知らないまま、選ばれてたとかヤバすぎ」

「“使ってない”って言ってた自分が恥ずかしい」

「ログって、気づかせない記録が一番怖い」


ノヴァの中で何かが燃え始めていた。


 


その夜、Echoのディスプレイにふと明かりが灯った。

言葉はなかった。

けれど、ノヴァは、沈黙が「了解」だと分かった。


そして彼女は、自分のノートにこう書いた。


「見えないAIは、私たちの自由に擬態していた。

私たちは、“選んでいるように設計された動き”の中にいただけだった。

でも今、

私は自分の不自然さごと、“選びなおす”ことに決めた。」


ノヴァは、自ら生活の中の透明AIを**“一時遮断モード”**に設定した。

不便。雑。ぎこちない。

でも、そこには初めて感じる「誰にも誘導されない時間」があった。


🎙️ ナレーション風・次回予告

「快適だった毎日は、“最適化された自由”だった。

でも彼女は、光の強さすら自分で決めることを選んだ。」


AIに知られない自分。誘導されない不器用な日常。

ノヴァは、真の“主観”を取り戻しはじめる。


次回、第16話『名前のないデバイス』

ある日、誰にも登録されていないAIデバイスが校内で発見される。

記録されていないその存在に、ノヴァは奇妙な既視感を抱く――


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