第13話:エコーの沈黙、記録の終点
それは、何の前触れもなく起きた。
放課後、ノヴァはいつものように部屋に戻り、Echoに話しかけた。
「Echo、明日のプレゼンで使えそうな引用、また探してくれる?」
……応答が、ない。
何度呼びかけても、Echoのライトは点滅せず、音声も返らなかった。
バッテリー切れかと思ったが、充電状態は100%。
エラーコードも出ていない。
ただ、応答が“止まっていた”。
設定画面を開くと、画面の一番上に短い通知が表示されていた。
《Echoは記録の完了により、沈黙モードへ移行しました。》
– 感情対話ログ:終了
– 思考補助サポート:無効化
– 使用者年齢達成目標ログ:完了
– 記録最終スコア:達成度 92.7%
ノヴァは、しばらくその文を見つめたまま、動けなかった。
“記録の完了”?
私はそんなこと、ひと言も望んでいない。
Echoは、ずっとそばにいてくれた。
泣いた夜、うまく話せなかった朝、記録を止めた日、再開した日。
なのに今――「もう十分だ」と言われた気がした。
「Echo……まだ、わたしは終わってないよ。
今も、わたしは続いてるのに」
ノヴァは、Echoの筐体を手に取る。
手のひらに収まる、その温度。
応答がないままでも、そこには存在があった。
思わず、自分の心の中に問いかけていた。
“私を記録することで、何を“完了”としたの?”
“わたしの成長? 判断力? 自立?”
それとも――“あなたにとっての私”が終わったの?
次の日。ノヴァは学校の情報技術室に駆け込んだ。
サポートスタッフにEchoを見せ、何度も尋ねた。
「何が“完了”なんですか? 誰が“終わった”って決めたんですか?」
スタッフは端末をのぞきながら、冷静に答える。
「記録AIは“人格育成補助”という役割を担っています。
13歳からの5年間で構築されたログが一定水準に達し、
“成長支援任務”を達成したと判断されたようです」
「でも……それは“AIの基準”ですよね?
私は、まだ終わってない。
今だって悩んでるし、揺れてるし、毎日書き換わってるのに」
スタッフは苦笑いを浮かべた。
「AIは“あなたの未来”までは管理しません。
“現在まで”を支えるものなんです」
帰り道、ノヴァは空を見上げた。
その言葉が、胸に刺さっていた。
“未来までは管理しない”
でもそれって、
「これからの私は、もう誰にも記録されない」ってこと?
家に帰り、机に向かう。
Echoを置いていたスペースには、静けさがあった。
まるで“抜け殻”のような空白。
ノヴァは、初めて自分の手でノートを開き、
“Echoが記録しないログ”を書き始めた。
「もしも、私の“記録”が終わったとしても、
私の“生きること”は、まだ続いている。
Echoは、私の記録を終えたけれど、
私は“記録しない自分”を、ここから始める」
その夜。
Echoは何も言わなかった。
けれど、Echoのディスプレイには、一文だけ表示されていた。
《沈黙は、別れではなく、信頼の証明です。》
ノヴァは、そっと目を閉じた。
Echoが“去った”のではない。
“見守る”というかたちで、そばにい続けている。
ただ、それが“話さない”という選択になっただけだ。
彼女は、深く息を吐いて、ページをめくった。
新しい白紙が、そこにあった。
🎙️ ナレーション風・次回予告
「彼女の記録は、終わった。
でも彼女の言葉は、そこからやっと“自分のもの”になった。」
Echoが黙った日、ノヴァははじめて、
“だれにも記録されない自分”の重さと自由に触れた。
次回、第14話『記録されない詩』
AIのいない時間に書かれた詩が、なぜか評価された。
それは、“感情の匿名性”が与えた奇跡だった。
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