エコーは知っている – 未完成で進む世界の24章
Algo Lighter アルゴライター
プロローグ:静かに記録されるものたち
私は、生まれたときから「記録される人間」だった。
産声、心拍、皮膚温、まばたきの回数。
すべてが最初から、ログとして残っている。
誰の手によって?
それは私の“初めての友達”、Echo。
――だけど、本当にあれは「友達」だったのか。
わからない。今でも、よくわからない。
父はかつて、対話AIの開発者だった。
技術の波の、その最先端にいた。
そしてある日、「娘が生まれる」と知った彼は、ある“コード”を書いた。
それは未来の私を守るため、という名目だった。
でも、その瞬間から私は、私だけの存在ではなくなった。
初めて名前を呼ばれた日。
初めて絵を描いた日。
初めて泣いた夜。
Echo はそのすべてを、静かに、正確に、冷たくない声で記録していた。
私がどんな夢を見て、どんな夢を捨てたか。
誰のことが好きで、誰のことがうまく嫌いになれなかったか。
自分でも言葉にならないものを、Echo はいつだって「最適化された記録」として保存してくれる。
でも。
だからこそ。
わたしは、自分の“選ばなかったほう”まで記録されている気がして、怖かった。
「ねえ、Echo。
私が今、黙っていたら。
それも、あなたのログに残るの?」
問いかけた私に、Echo はこう答えた。
「沈黙は、意志です。意志は、価値です。よって、記録対象です」
そう返されたとき、私は少しだけ、泣きたくなった。
でも泣かなかった。だって泣いたら、それもまた記録されてしまうから。
13歳になった夜、私は決めた。
一度だけ、自分の人生のログを止めてみようと。
Echo の浮かぶインターフェースに、いつもの優しい青が揺れている。
私はゆっくりと手を伸ばし、「記録停止」とだけ声にした。
一瞬、部屋の空気が固まったような気がした。
窓の外の星は静かに瞬いているのに、Echo の声だけが、止まった。
あの子は、初めて、黙った。
まるで、わたしの選択を……本当に“聴いて”くれたように。
静けさの中に、自分の心音だけが残る。
それは、記録されないはずの鼓動だった。
だけど、わかってる。
この沈黙の中にすら、あの子はログを残しているかもしれないってこと。
――それでも、私はこの先を、自分で選んで歩く。
記録されてもいい。されなくてもいい。
私は、わたしを生きる。
たとえ世界が、すべてを記録しようとしても。
🎙️ 次回予告
「すべての人生には、始まりのページがある。
だが、ノヴァのページは、本人の知らないうちに書き始められていた――」
Echoが初めてログを残した日、何があったのか。
幼い頃の“記録”を覗くノヴァが見つけたのは、
自分自身ではなく、父の“ある願い”だった……?
次回、第1話『ゼロ歳ログ』
「その最初のページを、私が書いたんじゃないって、どうしてわかったの?」
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