第2話 発光はしだいに薄幸になるか。


あの日以来、雑貨屋のシャッターにはcloseの看板がぶら下がったままで、私の日常が少し変わった気がした。


あの日からなぜか”ズレ”を感じるようになった。

ズレと言ったら大げさなんだけどデジャブがしょっちゅう起きる。

デスクから立ち上がった時、この光景はさっきも見たような気がした。

伊藤さんがくれたチョコレートも、昨日貰ったような…。

あれ……、新着の社内通知の人事異動…前に見てなかったっけ?


でも、それも“気のせい”だったのだ。

有給を申請に行けば理由に〝私用〟と書いてあるのに上司になんで休むのか聞かれるし、気づけば私が旅行に行く事が社内に広がっていた。


お土産買うお金がもったいないから言いたくなかったのに。


お土産楽しみにしてるね、と帰り際に言われた一言が尾を引き明日が集合日なのにもうすでに行きたくない。

…行くの、やめようかな。そう思いながら私の意識は布団の向こう側に沈んで行った。


——ピピピッ!


いつものように携帯のアラームで目を覚ます。

普段なら意味を持たない布団の埃でさえも、今日だけは私をキラキラと輝かせるための道具になる。


今から準備しても全然違う余裕で間に合うし、少しお茶する事も可能。

私ってできる子なんて思いながら準備する。

いつもより丁寧にメイクをして、予定時間の少し前に家を出て駅に向かう。


階段でキャリーケースが重かったけど気にしない。

ゴロゴロと音を立てて駅に向かうが人が多い…


遠足の時もこんな感じだったかも…。


すると、いきなり私の中の架空の先生が「おやつは500円まで」と告げてきた。

あー…、そういえば移動中に飲むものとか買っていない事を思い出す。

行く先を変えてコンビニの中に入るが狭い…

すれ違う人が〝邪魔なんだよ〟とオーラで伝えてくる。


コンビニの中に響く、キャリーケースのゴロゴロという音が、コンビニのコーヒーメーカーで豆が挽かれる音と重なって、私の中の小さな心がコーヒー豆と一緒にすり潰されていく。



わかってるよ!私だって逆の立場だったら絶対にそう思うもん、計画性ないやつって。


飲み物とお菓子を買って外に出るとそのままアプリで配車する。

まぁ、5分なら待ってやるかとキャリーに座って待つ。

イヤホンで二曲くらい聴いてたらあっという間だった。


タクシーに乗ると、いつもの電車からの景色とは違いビルがそびえているのを実感する。

あの人どこに行くんだろうとぼんやり思っていると老舗高級店が見えてきた。

玉の輿になったら毎日来れるのかなー?

そんなアホな事を考えていると高級じゃない市松模様が姿を現す。


「はい、つきましたよー」

と言った運転手のおじさんの言い方が嫌で無言で降りて少しだけ去っていくタクシーを睨んだ。



確か地下二階だったような……。

ホームとはまた違う、ざわざわしたターミナルの中を歩いて行く。

「11」と大きく書かれた柱の近くに他のバスより一回り小さない中型バスが停まっていた。

係の人が2人いて1人は古臭いバインダーを使い受付をしてもう1人は黙々と荷物を詰め込んでいる。

バスのエンジンの熱気が足元にじんわりと伝わり、空気はかすかに排気ガスの臭いが混じっている。

私はこの臭いがあまり好きじゃない。


フロントには《秘祭・神隠の郷をゆく ツアー》と書かれたプレートが掲げられ、バスの運転手は乗りこむ人に律儀に挨拶していた。

私の前には参加者が三人。カップルが一組と、たぶん私の見立てでは一人参加のお兄さんが一人。



前の人が次々とバスの中に吸い込まれていく。

…気がした。

急にバスの入り口に視線が吸い寄せられ、すべてがその為だけに用意されていたような感覚。

〝あのお面〟をみた時の感覚と重なる。


ゾワッと背中の毛が逆立つような感覚に襲われた。

永久脱毛していて、逆立つ毛なんて髪の毛くらいしかないのに。


「お名前とご予約番号お願いしますー…」

やる気のない受付員の声でハッとして、一歩前にでる。

この感覚、雑貨屋でもあったな…。



バスに乗り込み、指定された席順へ向かう。

入って後ろから4番目の列の窓側の席。


あー…休憩の時トイレ行く時めんどくさいやつだ…。

とりあえず着席して一息つく。

改めて周りを見渡すと、一人参加の人の方が多そう。


先ほどのカップルは、少し浮かれてるのかわからないけど、声が少し大きくてうるさい。

隣を通り過ぎていったバスは黒を基調としたデザインで、

一瞬見えた運転手の格好と雰囲気であのバスに乗っている人と私とでは「格」が違うとわかってしまった。

多分、私みたいにひねくれた人間は乗れないんじゃないかな。


無料で当たったツアーに行くのに、口の減らない自分が嫌になる。


イヤホンを付けて前のお兄さんに負けないように音量を少し上げる。

さっきの受付の人が、手を左右に動かして通路を通った。

一回受付してるのに、確認なんていいから早く出発してほしかった。

音楽を聞いてるから、話してるかなんてわからなかったけれど、

そろそろ出発する空気感が漂う。


小さな振動と共に、バスはゆっくりと前進する。


進んでゆくバスとは裏腹に、世界が発光して見えた時の私はまだ


――家に取り残されたままなのかもしれない…。



あ、でも私…置いて行って困るようなものなんて最初からなかった気がする。


バッグの中のお面がこの前よりも光って見える気がするけど、

私はそれに蓋をした。



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