第8話
神宮寺瑞樹は駅に5分遅れでやって来て、僕に声をかけてきた。
「どうして僕がわかったの?」と言うと、食堂で僕とムツキが話しているのを見かけたから、と瑞樹は答えた。
そこは千葉県にある中核都市で、大きな商店街が駅を挟んで東西に伸びている。
駅前には大きなビルが、駅から離れるにつれて小さなビルが連なっていた。
初夏の太陽に照らされた町並みは、遠近を強調する特別なカメラで撮った写真みたいだった。
見た目と実際の距離が合っていないのだ。
それは良く出来たミニチュアを見ているような、軽いめまいを僕に引き起こした。
僕たちは、瑞樹がここにしましょう、と言った喫茶店に入った。
おしゃれなジャズがかかっている古い喫茶店だった。
僕は何もかも意外な感じがした。
キャンパスで見かける雰囲気というか、印象からは、あまり自分から提案するタイプに見えなかった。
服装にしてもそうだ。
キャンパス内では、どちらかといえば、落ち着いた服装をしていた記憶がある。
でも、今は白いTシャツと紺のミニスカートだった。
瑞樹が少し動作するたびにスカートの端がよく動いた。
栗毛でショートの髪は顔の大きさに対してバランスが良かった。
眼鏡もかけていない。
僕は瑞樹から声を掛けられなければ、気が付かなかったかも知れない。
それくらい何もかも違っていた。
僕がその話をすると、瑞樹は少し恥ずかしそうに下を向いた。
「やっぱり、変、かな。これ」
「そんなことない。すごく似合ってる」と僕は言った。
実際、すごく似合っていた。
前よりずっと自分らしさを表現しているように見えた。
そこから僕たちは少しずつお互いの存在に慣れていき、瑞樹はぽつりぽつりと話しをしてくれた。
瑞樹はムツキと同じ文学部で、年は僕と同じだ。
ムツキとは高校の時から付き合っている、と話した。
「わたしたち女子校だったの。ムツキが高三で、わたしは高一」
それからムツキを追って大学に入ったのだと言った。
そうすると3年間付き合っていることになる。
それが一般的に長いことなのか短いことなのか、僕にはよくわからなかった。
「ムツキのことを嫌いになったわけじゃないんだよね?」と僕は念の為に聞いた。
そうじゃない。けど、急に環境が変わってしまって戸惑っている、と瑞樹は話した。
「女子校の頃は普通だったことが、今は変な目で見られることに慣れない、というか、わたしたちがおかしいのかも知れないけど」
遠近感、と僕は言った。
自分から見る自分と、他人から見られる自分の遠近感がうまくフィットしていないんだと思う。
それがわかったところで何か解決できるわけじゃないけれど。
そんな話をした後で瑞樹は僕に尋ねてきた。
「ところで、どうしてあなたはこんなことをしているの?」
どうしてだろう?
二人の話を聞いていると、なんだか僕だけが邪魔者みたいに見えた。
「あなたもムツキのこと、好きなのね?」
そうかも知れない。
でも、まだ好きというほど、お互いのことを知っていない気もする。
瑞樹は、遠近感、と呟いた。
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