【第12話】記憶の中の微笑み

 指先に残る痛みが、光を現実に引き戻した。

 さっきまでフラッシュのように脳裏に焼きついた映像——それは、記録の中にはない、“誰か”の笑顔だった。


 光はもう一度、ファイルの表紙に目をやる。そこには、「天月 咲良(あまつき さくら)」という名前が印字されていた。

 見覚えは……ない。はずなのに。


 ページを開くたび、胸の奥に沈殿していた何かが浮き上がってくる。彼女の話し方、表情、しぐさ。どこかで、確かに“感じた”ことがある。


 (この人を、俺は……)


 混乱と恐怖の中で、光はページをめくるのを一度止めた。理屈では説明できない感覚。だが確かにそこには、“記憶”のような何かがあった。


 光は記録ファイルを閉じると、しばらく天井を見つめた。思考がまとまらない。心が騒ぐ。静かなはずの謹慎室が、急に自分を責めてくるように感じた。


 “なぜ、この記録にこんなにも惹かれるんだ?”


 誰かに、確かめたい。けれど、こんな曖昧な理由で動くのは、観察係としては愚かだと分かっている。

 それでも、どうしても見過ごせない。気づいたとき、光は廊下に出ていた。



 「天月咲良?」

 報告資料に目を通していた雨宮が、手を止めて顔を上げた。

 光は息を切らしながらファイルを差し出す。


 「この人の記録を読んでいたら……いきなり、頭が痛くなって……映像が、浮かんだんです」


 雨宮はファイルを受け取り、黙って中身に目を通した。

 その横顔はいつも通り冷静だったが、ページをめくる手が、ほんのわずかに止まった。


 「……覚えていないのよね? 彼女のことを」


 「記憶には、ないです。でも……」

 光は目を伏せたまま言葉を探す。

 「知っている気がするんです。感覚でしかない。でも、確かに、彼女の声や、表情や……全部、見たことがあるような……」


 静寂が落ちた。

 雨宮はファイルを閉じると、そっと光に返した。


 「この名前を、あなたが見つけたのは偶然じゃないかもしれない」


 「……どういうことですか?」


 雨宮は、少しの沈黙のあと、決意したように口を開いた。


 「高槻光、あなたは、非記憶保持者の転送者なのよ」


 言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

 光の中で、何かが音を立てて崩れ落ちていく。


 「俺が……転送された側……?」


 「過去の記憶は消去され、新たな身分で管理局に配属された。あなたのようなケースは極めて稀だけれど、存在しないわけではないの」


 「じゃあ、これは……前世の記憶……?」


 雨宮はうなずいた。

 「そう、断片的にでも記憶が蘇ることは、ないとは言えない。特に……あなたと深く関わった人の記録に触れた時に、ね」


 光の手が震える。

 自分は誰なのか。なぜここにいるのか。そして、彼女は——何者だったのか。


 霧がかかったような世界の中で、答えを求めて光は立ち尽くしていた。


「....知りたい?....あなたの本当の過去について....」

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