【第12話】記憶の中の微笑み
指先に残る痛みが、光を現実に引き戻した。
さっきまでフラッシュのように脳裏に焼きついた映像——それは、記録の中にはない、“誰か”の笑顔だった。
光はもう一度、ファイルの表紙に目をやる。そこには、「天月 咲良(あまつき さくら)」という名前が印字されていた。
見覚えは……ない。はずなのに。
ページを開くたび、胸の奥に沈殿していた何かが浮き上がってくる。彼女の話し方、表情、しぐさ。どこかで、確かに“感じた”ことがある。
(この人を、俺は……)
混乱と恐怖の中で、光はページをめくるのを一度止めた。理屈では説明できない感覚。だが確かにそこには、“記憶”のような何かがあった。
光は記録ファイルを閉じると、しばらく天井を見つめた。思考がまとまらない。心が騒ぐ。静かなはずの謹慎室が、急に自分を責めてくるように感じた。
“なぜ、この記録にこんなにも惹かれるんだ?”
誰かに、確かめたい。けれど、こんな曖昧な理由で動くのは、観察係としては愚かだと分かっている。
それでも、どうしても見過ごせない。気づいたとき、光は廊下に出ていた。
◇
「天月咲良?」
報告資料に目を通していた雨宮が、手を止めて顔を上げた。
光は息を切らしながらファイルを差し出す。
「この人の記録を読んでいたら……いきなり、頭が痛くなって……映像が、浮かんだんです」
雨宮はファイルを受け取り、黙って中身に目を通した。
その横顔はいつも通り冷静だったが、ページをめくる手が、ほんのわずかに止まった。
「……覚えていないのよね? 彼女のことを」
「記憶には、ないです。でも……」
光は目を伏せたまま言葉を探す。
「知っている気がするんです。感覚でしかない。でも、確かに、彼女の声や、表情や……全部、見たことがあるような……」
静寂が落ちた。
雨宮はファイルを閉じると、そっと光に返した。
「この名前を、あなたが見つけたのは偶然じゃないかもしれない」
「……どういうことですか?」
雨宮は、少しの沈黙のあと、決意したように口を開いた。
「高槻光、あなたは、非記憶保持者の転送者なのよ」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
光の中で、何かが音を立てて崩れ落ちていく。
「俺が……転送された側……?」
「過去の記憶は消去され、新たな身分で管理局に配属された。あなたのようなケースは極めて稀だけれど、存在しないわけではないの」
「じゃあ、これは……前世の記憶……?」
雨宮はうなずいた。
「そう、断片的にでも記憶が蘇ることは、ないとは言えない。特に……あなたと深く関わった人の記録に触れた時に、ね」
光の手が震える。
自分は誰なのか。なぜここにいるのか。そして、彼女は——何者だったのか。
霧がかかったような世界の中で、答えを求めて光は立ち尽くしていた。
「....知りたい?....あなたの本当の過去について....」
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