【第9話】越えてはならない境界線
観察ログ、7日目。
陽菜は姿を消していた。
朝から家のどの部屋にも現れず、GPSの反応は“屋外”のまま止まっていた。
前夜、兄の怒声が飛んだのが最後の記録。
「空気読めないのもたいがいにしろよ!」という音声のあと、陽菜が部屋を飛び出すような足音。
それきりだった。
光は、記録の再生を止めると震える手で観察ログを保存し、
緊急観察干渉申請フォームを開いた。
「理由:観察対象の長時間所在不明、精神的不安定の兆候明確」
「添付資料:7日間のログ映像+ノート記録内容」
送信――。
待機中のロゴが点滅し、10分後、審査結果が返ってきた。
> 【却下】
> 理由:対象の生命に対する明示的危険の記録が存在しないため
> 補足:必要に応じてプロファイル部の経過観察へ移行予定
「……ふざけるな」
光は、デスクを拳で叩いた。
振動でホログラムが一瞬揺れた。
何かが、切れた。
光は内部システムの深部へ進み、転送観察者にしかアクセスできない“緊急措置端末”を起動した。
そこにあるのは、たった一つのボタン。
【観察者転送モード・解除】
通常は禁止されているが、“特別観察許可保持者”には、条件付きでアクセスが残されていた。
「……見てるだけじゃ、もう間に合わない」
光は静かに、自分の手を端末の上に置いた。
「これは違反だ。俺が壊す。だけど――それでも」
陽菜の泣き声が記録の奥に微かに残っていた。
何度も押し殺したような、誰にも届かない叫び。
転送装置が光の身体を包み込む。
「……君を、一人にはさせない」
瞬間、光の姿が観察室から消えた。
そして彼は、取り返しのつかない一線を越えた。
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