第4話



「――駄目よ。」



 アミアは即答した。

 予期していた答えだったのでリュティスは何故だとは問い返さない。

「今ここを出て行ったらあの子は独りになる。もう今度こそ、本当に」

「……」

 それを望んだのだ、とリュティスは思ったが口には出さなかった。

「部屋に籠ったままずっと泣いているそうよ。……何を言ったのよ?」

「別に。言うべきことを」

 アミアは額を押さえる。

「丁度会議中だったんだけど。メリクが原因だなんてこれっぽっちも思わなかった。あの子、こんな騒ぎ起こしたこと一度も無かったから」


 リュティスは逆だ。

 奥館にいた時感じた魔力の正体が、メリクのものだということは駆けつける前から分かっていた。

 いや、メリクだと確信したから駆けつけたのだ。


 ――強大な魔力と、不安定な精神を併せ持つ子供……。


「しかし明確な殺意を見せた。無意識かもしれんが魔法にはっきりと顕われている」

「そのことなんだけど、貴方は聞かないだろうから私が聞いておいたわ。さすが魔術師長よね、さっき目覚めて全部教えてくれたわ」

「何をだ」

「ああなる前にあったことよ」

 リュティスは眉間に皺を寄せる。

 アミアはメリクの罪に起因を見つけようとしているのだ。

 リュティスは確かにそこには興味が無い。

 メリクが感情にまかせて他者を魔法で傷つけたのが結果なのだから。

 理由などあろうがなかろうが許されはしない。


 リュティスは三年前、アミアに別の魔術の師をメリクに用意しろと言ったのだ。

 メリクの魔才を見た以上、正しくそれを導く師が必要だと思ったから。

 なのにアミアは奔放にメリクを育て、

 メリク自身なんの不満があるのか、これだけ優秀な魔術師が揃っているサンゴール王宮の中で、きちんとした師に教えを受けるわけでもなく、好き勝手に生きて来た。


 そういういい加減さが、今回の事態を引き起こしたのだ。

 リュティスはどちらもを、許す気は無かった。


「興味が全くありませんが、聞かなくてはなりませんか陛下」

 

 リュティスは普段アミアに対して王の敬称など付けない。敬語もだ。

 しかし怒りに満ちてアミアに王の自覚を求めて来る時は、わざとそういう言葉遣いを使うことがある。

 だが【鋼の女王】アミアカルバはリュティスの威嚇を一切気にしないで話を続ける。

「ぜひともね。……どうやらあの三人、メリクがもし私の養子になったら、って話をしていたらしいのよ」

「……」

「もちろんつまりは貴方との王位継承権争い、ってことに言及しちゃったらしいんだけど。あ、これは笑って許してやってよね」

 リュティスは鼻を鳴らす。

 別に腹を立てるほどのことではない。

 グインエル亡き後、アミアに王子が無いことから繋がって、ずっと言われて来たことではないか。何を今更という感じである。


 ただそれは要約すれば第二王子は疎ましいが、どうやらこいつしか王位に据えられる男子が王族にはいないようだ、という意の話が多い。

 確かに七年前アミアがメリクを拾って来た時は、国中がもしや養子にするのではとその動向を気にはした。

 だがアミアはそんな視線はどこ吹く風とばかりに、王宮内でメリクを自由に過ごさせていた。


 ……リュティスは王位を強く望んだことはなかったが、アミアはおそらくメリクを王位につかせはしまいと踏んでいた。


 言葉で確かめたわけではない。

 王族同士の暗黙の了解のようなものだ。


 アミアはメリクを自らの子のように育てているのは事実だが、

 エデンで最も古い王家の血を持つと言われているサンゴール王国の王位に、まさか本気で自分の拾って来た孤児を座らせようなどとは思っていないだろう。そんなことをすれば必ずリュティスが諫めて来るのは分かっていたし、アミアとリュティスならば、血ではリュティスの方が本流なのだ。

 アミアはそれが理解出来ない女ではなかった。


 メリクを拾って来たのは女特有の浅知恵と愚かな感情だが、

 女王となったあと、アミアはサンゴールの玉座に座り、様々な勢力の思惑渦巻く国内情勢を、冷静によく治めていた。

 その手腕はある意味では、信頼している。


 サンゴールにおいて権威を誇りたがる、大神殿と軍部が激しく対立していれば、

「あんたたちいい加減にしないと、そこに並ばせて一人ずつぶん殴るわよ!」

 などと公の会議でテーブルを叩き、怒声を上げられる女王など、サンゴールの長い歴史の中でも一人も存在しなかったのだから。


(……信頼か)


 俺も落ちたものだな、と心密かに思う。

 こんな、魔術に見放されたアリステア王国出身の女を信頼するようになっているとは。

「別に唆す意味じゃなくてメリクにも、もっと自分の価値のようなものを見出させるつもりで言ったらしいんだけど、その話をした途端――あれよ」

「……」

「分かる?」

「何がだ」

「だから、メリクが怒った理由よ」

「何にも分からんが」

 アミアは机を叩く。

「だからあ! 貴方との後継争いを引き合いに出されて激怒したのよあの子」

「……」

 リュティスは腕を組んだ。

「確かに人を傷つけた罪はあるけど無事だったんだし、反応というか、思考回路としてはまともじゃない」

「どこがまともだ」

「筋は通ってるでしょ」

「どのあたりがだ」

「もーっ! 頭がいいくせに馬鹿なのね! いい⁉ 要するにあんたが信頼する兄と王位を争うことになりますな~って嫌な感じで言われたのと同じわけよ! そんなこと言われたらあんただって怒るくらいしたでしょ⁉」

「……」

「…………」

「……。」

「分かった?」

「…………分かったが、別に比べられて来たからどうとも思わん。王位とはそういうものだ。王位に近しい二人が必ず敵同士にされる。本人の意志に関わりなく」


 だからリュティスとグインエルも、表立って共にいる時間はあまり取れなかった。

 周りが言うような憎しみは何一つなかったのに。


「貴方は生まれた時から王子様だからそう思えるかもしれないけどね、メリクはぶっ飛ぶくらい驚いたのよ」

「……。」


 殺気を覚えるほどのことか。

 リュティスは怒りを通り越して呆れた。

 ……その程度のことで……。


「城を出たいなんてよっぽど追いつめたんだわ」

「……。」


「リュティス、お願いがあるの」


 しばらく考え込んだようだったアミアが言った。


「不愉快な見当がつく。口に出すな」


 もちろんそんなことを大人しく聞くアミアではない。


「……メリクを教えてやってほしいのよ」


 案の定リュティスは眉間に深く皺を寄せた。

「他に頼める人がいればそうするわ。でも恐らく……『もう』いないから」


 あの場にあった恐怖の視線。

 メリクの魔力を目の当たりにした人間達の反応だ。

 その中心にはメリクがいた。


「それに、貴方ならきっと分かってあげられる。メリクの心が」

 そういう言い方は気に入らない。

「何故だ」

「グインエルが言ってたわ。

 貴方もそうだったって。強い力を持て余して幼い頃は苦しんでいたって」

「チッ……あいつが余計なことをベラベラと……」


 リュティスは幼い頃【魔眼】の力を持て余して、目を合わせただけで人を死に至らしめたことがある。

【魔眼】は魔力が作り上げた抜き身の剣だ。

 忌まわしいようにこっちを見た者に対して向けた不快感、それだけで人が死んだ。

 リュティスはあの時ほど自分で、自分の存在を疎んだことはなかった。

 人と目を合わせること、感情を持つこと、そんな当たり前のことをまともに出来ない自分が。

 そして部屋に籠っていたリュティスにそれでもそんな自分を受け入れないと生きてはいけない、と静かに話したのが兄のグインエルだった。

 自分の【魔眼】を穏やかに見つめながら、言葉を与えた。


『目を閉ざさなければ生きていけないのなら目を閉じるしかない。

 目を閉じては歩めないのだから手はこちらに出すんだよ、リュティス。

 私がいつも側にいて、手を引いてあげるから……。

 最初は、手を引かれていると思ってもいずれその気持ちは必ず消える。お前が強くなれば、お前の存在がまた誰かの手を引くのだから』


 手探りだった。

 文字通りだ。

 そういう風に生きていくしかないと兄の言葉で思っただけ。

 やがていつまでもお前の手は必要無い、とグインエルの手を振り払ったのも自分。

 そうやって一人に戻った弟を、グインエルは優しい表情で見つめていた。


 腹立たしいが真実ではある。

 覚えのある苦境だ。


「俺が誰かを教えられると思ってるのか」


「思ってるわよ。貴方が思ってるよりはね」

 アミアが苦笑した。

「リュティス。私は……貴方が持つ最大の苦難は【魔眼】なんかじゃなくて、その自分を曲げない誇り高さだと思うことがあるわよ」

「……。」

「疎まれても疎まれてもその為に自分を変えたり、しないでしょ貴方」

「……」

「強いところでもあるんだけど……でもそれが必要以上に貴方に多くの苦しみを背負わせていない? 変わらずにここまで来たけど。貴方、今幸せ?」

 リュティスは不機嫌そうに腕を組んだまま黙っていた。


「あの子は貴方ほど強くない。

 メリクに貴方と同じ道を辿らせたくないの。

 お願い。……あの子を助けてあげて」


 首を振っても効果がないんだろうな、とリュティスは思った。



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