第3話 ― 距離の予感

彼女のことが気になったけれど、いきなり女の子と二人きりとお昼はさすがに気が引けるから、お昼の弁当は”ダチ”だという彼らと一緒にすることにした。

「やあ、お昼……いいかな?」

僕は彼らが集まっている席に近づく。

「おう、いいけどよ」

「……ん?」

ダチは何かを懸念しているみたいだ。何か記憶に関することで引っかかってるのかもしれないと思ったのだけれど。

「なんだか朝、一ノ瀬さんといい感じじゃなかったか?」

うわああ。……やっぱり、見られていたか。今朝のあれが頭から離れなかったんだ。寧ろ、教室の前で、あんなふうに話していたのを思い出すと……今さらになって恥ずかしさがこみ上げてくる。

「そりゃ、仲良くしようね、って言ってもらったけど」

「俺らのこたあいいから、陽おまえは早くあっちいきやがれ?」

まあまあ、といった具合でたしなめられる。

「そうそう。俺らは俺らでやってくるから、フラれたらこっちに泣きつきにこいよ」

「笑ってやるよ」

間髪入れずにあの彼女(一ノ瀬さん)に行くように先回りされてしまった。

「いや、僕はまだ一ノ瀬さんとはしょた」

初対面だと言おうとしたのに。

「いいんだよ。どうせ俺らは放課後に優雅に公園でティータイムするだろ?」

まるで僕はしっしとじゃまな虫みたいに扱われ、困惑したけれど。向こうから弁当を持った噂の女の子がやってくる。

「お幸せにー」

茶化されてどつかれた。その間も彼女はこちらに向かってやってくる。

「うわぁっ」

少し体幹がブレてしまったけれど、なんとか踏みとどまった。

「……一ノ瀬さん、ぼ、僕になにようかな」

うわぁ、ちょっとどもってしまった。僕は焦る。

「なにようってなんだよだよね」

彼女に何か言われる前に取り繕ってしまった。

「ふふふ、佐倉くんはおもしろいね。まだ話しかけてないのに」

僕は指摘を受けて耳が赤くなっていくような気がした。

「ほら、なんか汗かいてない?」

僕は即座に否定したい気分だったけど、彼女の優しい手指に乗った上品な布が僕の頬に届きそうになる。

「う、うあ」

あともう10センチ程だった。僕は期待と緊張で目をつむってしまった。

「……なんてね。はい、これ使って」

顔に届きそうだったその布は、僕がかちんこちんになって出した手にそっと乗せられた。

でも、不思議と意地悪をされたようには感じなかった。ただ、懐かしさとほんの少しの寂しさが心を満たす。

僕はされるがまま、ぎこちなくハンカチを顔に当てた。恥ずかしさに耐えきれず、顔をそっと誰も居ない方向に向ける。

それにしても、彼女には上品で、時に柔らかな花のような香水がついてるという気がする。それは、彼女の匂いなのか、柔軟剤とかの香りなのか、よく分からないけれど。

――どこかで、この香りを知っていた気がする。

なぜ、僕は彼女のものだなんて思ったのだろう。初対面で、どうして彼女にそんなイメージをしていたのだろう?

……なんだか頭がおぼえてる気がする。これは、初めての感覚ではない?

情報が多くて、僕は頭が痛みだす。

「大丈夫?」

一ノ瀬さんの声が背後からする。さらに僕は頭痛が加速した。もしかして、これは……。


――頭痛の中、僕は過去の映像とおぼしきものを観る。


「”うわ、なんか汗かいてるよ?”」

一ノ瀬さん……?いや、違うのかな。

「”ほら、拭いてあげるから”」

一ノ瀬さんのような輪郭の影が僕に近づく。

「”あら、耳も赤くなってる”」

「”大丈夫?”」

なんだこれは。なんだろうこの気持ち。既視感。

「”私、ちょっと落ち込んでてさ”」

「”あのね。私、言われたの。あなたとは、もう……ないって”」

夢の中の彼女がいう”……ない”って何のことなのだろう。意味は分からない。

ただの夢というには僕に強烈なインパクトを残した。彼女は間違いなく僕に訴えかけてた。――それだけは確かだ。

「”嫌だよ、そんなのって!”」

夢?一ノ瀬さんとよく似た他人?見誤ってはいけない。強くそう感じる。

「”陽……!”」

どういうことか、思い出そうとするが。

「うぅっ」

僕はこめかみに手を当てる。助けてほしい。――――なんで、そう思うんだろう。助けようとしたのはこっちだったのに……あれ?どうして……

「ちょっと佐倉くん、本当に大丈夫?」

その言葉でハッとする。僕は理性を取り戻す。視線の先には、心配する一ノ瀬さんの顔に加えて、ダチの彼らもこの異変に気づいてるようだった。

「わりい。一ノ瀬さん、陽のヤツを保健室に連れて行ってやってくれないか、大勢で行くのは目立つからな」

「うん。分かった」

「昼メシも悪いがそこで二人で食べてくれ。」

「うん。とにかく彼と保健室まで一緒に行ってくるね」

僕は大丈夫と言いたいのに、口も挟めずにいた。

「行くよ。……陽」

僕はこの発言の違和感に気づけないまま、のそのそと隣に並んで歩く。

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