第25話 星乙女の嘆き
**【
──時はフェルザーが部屋から逃げ出した後。翼達の隠し通路での戦いが始まる一時間前の出来事。
フェルザーの霧の魔法のせいで、部屋の中は真っ白だった。見通しは最悪。しかも、その霧の向こうから飛び出してきたのは。
「……あらら、ガルシアン君?」
その手には武器。
やれやれ。
「ほんと、世話がやけるなぁ……」
それに彼、自分で指を切り落とすことすらできないように命令されてる。つまり、契約の指輪を外す手段すら封じられてるってことね。
──だったら。
キィィン、と金属音。
「ガルシアン君の指は、私が切り落としてあげるね♪ いくよーっ!」
「……はい、お願いします!」
可哀想だけど、ごめんね。
──スパッ。
ガルシアンの左手の中指を切り落とした。
「うっ……!」
「ねぇ、痛がってないで早く指輪、外しちゃってくれるかなぁ」
「は,外せました。ありがとうございます」
よし、これで
それと同時に部屋の中の霧もだんだんと薄くなってきていた。
まったく、命令されてるとはいえ、私に斬りかかってくるなんて、冗談じゃないよ
「
「いや、とっくに逃げちゃったよ」
「追いかけますか?」
「うーん面倒だけど、そうだね」
ため息をひとつついて、私はガルシアンと一緒に部屋を出た。
フェルザー君、ああ見えて逃げ足は速いんだね。困っちゃうなぁ。
城内の通路を小走りで進んでいたら幻五郎が現れた。
「あれ、水麗凪。なにしてんの?」
げっ、なんでここにいるのよ。ていうか、もしかしてまた増えた?
「えーっとね、フェルザーが逃げちゃって。だから追いかけてるの」
そう言うと、幻五郎は無表情でガルシアンを睨めつけた。
「も、申し訳ございません。幻五郎様」
あ、ガルシアンが震えちゃってる。パワハラかよ、やりにくいなぁ、もう。
「それよりも、幻五郎。君さ、もしかして増えた?」
「うん。今の僕は、四人目だよ」
「相変わらず、気持ち悪い能力だねぇ」
ほんと、心底そう思ってる。自分を何人も増やせて意識を共有してるとか、想像するだけでゾワッとする。何度見ても、こっちは慣れないよ。
「ガルシアン君、シラス君の家は分かる?」
「はい、ご案内します」
幻五郎にビビりきってるガルシアンは、まだ中指から血を流してた。震えながら指を押さえてるその姿、なんだか見てるこっちが痛々しい。
「まったくもう! 見てられないよ」
私は溜息まじりに、ポーチから回復薬を取り出し傷口にかけてあげた。指は戻らないけどこれで、痛みと出血は止まる。
「
そう言って、幻五郎が無邪気に笑った。褒められても、別に嬉しくなんかないけど。
「み、水麗凪様……ありがとうございます……!」
「感謝してよねっ♪」
そう返したけど、本当はそんなのどうでもよかった。別に、感謝なんてされなくても。ただ、放っておけなかっただけ。
***
私たちはザリアナの町を歩いていた。ランベール家の本拠地、バラムとは雰囲気が全然違う。ほどよく田舎で、町の住人は皆んな平和ボケしてるように見えた。ただ私には、それが少し羨ましかった。
でもなんでシルヴァ様は、西大陸のこんな田舎に私と幻五郎を向かわせたんだろう。いつもの川島家・ゼルト派が邪魔しにくるから? そうだとしても過剰戦力のような気もするけど。
そう言えば、さっきフェルザーを幻五郎が尋問してた時、若様がザリアナにいる? とか言ってたっけ?
私はふと思い出して、隣を歩く幻五郎に聞いてみた。
「ねぇ、幻五郎。さっきフェルザーに聞いてた若様って、川島家の若様って意味だよね?」
「そうだねぇ。川島家は、ちょっとだけ複雑なんだよ」
幻五郎は、気持ち悪い笑みを浮かべながら曖昧に答える。
「簡単に言えば、元川島家の若様かな。今、川島家を名乗ってるのはゼルト派だけだからね」
「ゼルト派ねぇ。あの人達、しつこいし嫌いだなぁ」
「僕もだよ。あの辺りの執着心、ちょっと異常だからねぇ」
先導していたガルシアンは足を止めた。
「幻五郎様、ここがシラスの家です」
「とりあえず、なにか面白い情報がないか探してみようか?」
「フェルザーを追わなくて良いの?」
私がそう聞くと幻五郎はくすりと笑った。
「彼なら一人目と二人目の僕がたった今、隠し通路の中で戦い始めたから大丈夫だよ」
ゾッとするけど。こういう時の幻五郎って、ほんとに頼れるんだよねぇ。
家の中に入った瞬間、空気がざわついていた。部屋は荒れていて、暖炉の火はついたままだった。家具の位置や小物の散らばり方が急いで出ていったって事がすぐに分かる。
「僕はシラス君の作業場を見てくるから、
幻五郎はそう言い残すと奥の部屋へと消えていった。
「うん、分かった」
そうは言ったけど、面白いものってなによ?
シルヴァ様が喜びそうな物? 情報? そんなの私に分かるわけないじゃん。何が重要なのか正直、興味もあんまりないし。
とりあえず視線を巡らせてみる。ぱっと見た感じ、リビングはいたって普通。
でもふと、ソファーの横に置いてあるリュックが目に入った。
「……ん?」
なんだろう、この違和感。このリュックだけ、部屋の空気から浮いてた。
デザインとか素材かな?
これ多分、この世界の物じゃない。私がいた前の世界の物だ。
懐かしさが込み上げてきて、指先が少しだけ震えちゃった。リュックに手を伸ばすのに、なんでこんなに緊張してるんだろう。
おそるおそる開いてみると、中には缶詰。それも見慣れたパッケージのやつ。
「缶詰だけ?」
少し拍子抜けしつつも奥を探ると、まだ何かが入っていた。
──それは、一冊の写真集だった。
角も折れてなく、まるで新品のように大切にビニールに入れられていた。
「……えっ」
一瞬、思考が止まる。
えっ? はっ? 嘘でしょ。なんで私の写真集があるの……?
見覚えしかない。ぜんぶ覚えてる。あの時の私が笑ってる。
こんなの予想してなかったよぉ。
心臓がどくんと鳴った。
そういえば、シルヴァ様も幻五郎も言ってたっけ。
『若様は、元の世界に転移して逃げた』って
その若様って人、もしかしたら私のファンだったのかな? そうだったらなんかウケる。
この写真集、懐かしいな。ちゃんとアイドルだったんだよね。
いろんなことを思い出しちゃうよ……
こんなの見ちゃったら、ちょっとホームシックになるじゃん。
私は、そっと表紙をめくってみた。
そして、見てしまったのだ。
『──翼君へ、いつも応援ありがとう。ミレナ』
「えっ……?」
思考が一瞬、止まって心臓が跳ねた。何かの見間違いかと思って、もう一度見返す。でも、そこにあるのは紛れもなく私の字、私のサインだった。そして、翼君という名前が、はっきりと刻まれていた。
「…………うそ、でしょ」
ありえない。ありえない、ありえない、ありえないよぉ!!
なんでよ? なんでここにあるの? なんでこの世界に、このサインが書いてある写真集があるの?
このサインを書いた時を覚える。忘れるわけがない。これは私が彼にだけ書いた特別な一冊。
全身に鳥肌が立つ。鼓動が早くて呼吸ができない。
──若様って、まさか翼君なの??
「……っ、嘘……でしょ……!?」
私は、咄嗟にその写真集を暖炉の火の中に入れた。
迷いなんてなかった。頭が真っ白なのに、手だけが勝手に動いてた。
幻五郎には見られたくない。というより、ランベール家の人間に知られたくなかった。
パチ……パチッ……
ページが焼け落ちていく音が、静かな部屋に響いていた。
炎に包まれていく表紙。笑っている私の顔が、黒く、灰になっていく。その光景を、ただ黙って見つめていた。
スポットライトのまぶしさ。ファンの歓声。
そしてステージの上で名前を呼んでくれた、ファンのまなざし。
脳裏にはっきり浮かんできた。
夢を見て、夢を叶えて、そんな過去を私は確かに生きていた。
「……そんなの……あんまりだよ……」
燃えていく過去の私を見つめながら、私は思い出していた。
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