第20話 命令と逃走



**【フェルザー視点】**


 ガルシアンの指に嵌められた契約の指輪が、かすかに光を放った。

 ──命令が下っていた。

 抗うことのできない、魔縁輪まえんりんからの絶対命令。室内には俺の魔法、霧幻障むげんしょうで展開した白く濃い霧が満ちていて視界は奪われていた。

 そんな中、霧の中からサッと伸びてきた手が俺の腕をつかみ幻惑の腕輪げんわくのうでわを、無理やり外した。


 ガルシアンが幻惑の腕輪げんわくのうでわを外してくれた? 

 シラスが魔縁輪まえんりんを通してガルシアンに命令したんだな。シラス……俺を逃す為に魔縁輪まえんりんを使ったって事は……シラスに親殺しをさせてしまったのか……


 ──すまない、シラス。

「ま、まずい……っ! 水麗凪みれな様、申し訳ありません。魔縁輪まえんりんの命令でフェルザーに嵌めている幻惑の腕輪げんわくのうでわを外してしまいました」

 濃い霧の中からガルシアンの焦りを帯びた声が聞こえてくる。

「おい! フェルザー! 絶対逃げるんじゃないぞ。逃げたらイドナの命は無いと思えよ!」


 だからお前がイドナを殺せるわけがないだろう。


「えー! もう何やってんのよ。幻五郎に怒られても知らないからねー! 自分でなんとかしてよね」

 そして霧の中で剣の金属音が鳴る。続けざまに気配が動き、剣が強引に斬り裂こうとしていた。

 ──キィン

「ちょっと! 今度はなによ!? 危ないじゃん!!」

「体が……勝手に……! 水麗凪みれな様、お下がりください、剣が……あなたを狙っています!」

 焦りに満ちた声とは対照的に、彼女の声は不気味なほどに落ち着いていた。

「……ふうん。そういうことね」

 ガルシアンの剣は止まらない。本人の意思に関係なく、霧の向こうにいる水麗凪みれなへと向かっていた。

水麗凪みれな様……どうしましょう……!」

 焦るガルシアンの声。だがその一方で、カァンッ、キィィンッと剣の金属音が連続して響いていた。

「はぁー。ほんっとこれだからさ、小さい家の子って面倒なんだよねぇ。なんかこう、平和ボケ? そんなんじゃすぐに死んじゃうよ?」

 ──キィィィンッ! カァアン!

「ねえ、ガルシアン君。契約の指輪ってさ、魔縁輪まえんりんから命令が来る気配を感じたら、すぐ指を切り落とさないとダメだよ?」

「くっ……! 試みましたが……手が、勝手に……言うことを……!」

 どうやら自分の指を切り落として契約の指輪を外そうとしたが、その手すら動かせないらしい。

「そりゃそうだよ。だって、もう遅いもん」

 水麗凪みれなは、まるで子どもに注意するかのように笑った。

「それ、自分の指を切り落とすの禁じる命令も出てるよ。よーするにね、命令が完全に発動する前じゃないと、どうにもならないって事だよ」

 ──キィィン

「ガルシアン君の指は、私が切り落としてあげるね! いくよーっ♪」


 ──まずい。

 早くこの部屋から逃げないと。俺はできる限り気配を消すように動いた。胸の内では鼓動がうるさく鳴っていたが、それすら押し殺すように呼吸を止め、足音を立てずに霧の中を動いて部屋から抜け出した。


 いまは逃げることがすべてだ。若様たちに、一刻も早くザリアナを離れるよう伝えなければ。

 ザリアナ城の壁の裏に隠された古い通路を通り、シラスの家に向けて一気に隠し通路を駆けた。

 シラスは無事だろうか? いや、今はそれよりも若様が最優先だ。

 

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