夜の展示室
午後九時。特別展初日の閉館作業もとっくに終わって暗闇に包まれた展示室。たまに近くの通りのを走る車の音が聞こえる。そんな時、はるみとともかの意識が並んでガラスケースの横に寄りかかった。
そして、ともみの意識が口を開いた。
「ねえ、ともかちゃん。地下室でぼーっと過ごしている間に百年過ぎちゃったんだね。でも、ともかちゃんがいつも来てくれていたから余り寂しくはなかった。私のほ
うがずっと早かったのに、今はとなりにいられるなんて、ちょっと不思議だね。
それを聞いたともかの意識が答えた。
「そうだね、ほんとにね。やっと『追いついた』って感じだよね。ごめんね、こんなに時間かかっちゃって。
そして話はふたりの意識の間で続いていった。
「ううん。待ってたよ。ずっと。地面の下で、ともかちゃんの足音だけは、夢みたいに覚えてたからね」
「あの時の私もね、ずっとはるみちゃんに話しかけてた。聞こえてるかも、って信じてた。だから、今こうしてちゃんと届いてるって思うと、とっても嬉しいな」
「ともかちゃん。大人の姿のともかちゃん、すごくきれいだよ。私の知らない季節を、ちゃんと生きてきたんだね」
そう、ともかの意識は二十代前半の姿をしていた。
「うん。長い時間だった。悲しいこともあったし、嬉しいこともあった。でもね、どんなに日々が流れても、心の一番奥にいる友達は、いつだって『十七歳のはるみちゃん』だったんだよ」
「ありがとう。うれしい。私は、ともかちゃんの百年を、あそこで想像してたよ。
見えないけど、感じてたの。ずっと、私の名前を呼んでくれてたから」
「あたりまえじゃない。だって、はるみちゃんは私の半分だもの。もし生きててくれたら、きっと、私たち一緒にいろんなことできたのにね」
「うん。でもね、たぶん、これが私たちの『生き方』だったんだと思うんだ。こんな形になってしまったけど……。私、今も誰かの心に、生きてる。ともかちゃんがそうしてくれたからね」
「ううん、私ひとりじゃないよ。
はるみは笑顔で話を続けた。
「私たち、ふたりともよく頑張ったね。長い長い道のりだったけど。こうしてまた、並んでいられるって、ほんとうに幸せだと思う」
「昼間来た、私に向かって手を合わせて頭を下げていたあの人も、たぶん誰かを思い出してる顔だったね」
「うん、そうだね。人って、そうやってつながってるのかも。『生きているあいだ』だけが、すべてじゃないんだね」
外の通りの車の音もすっかり絶えた。
「また話そうね、はるみちゃん」
「うん、またね。今度は、もっと長く」
ふたりは翌朝の開館までのつかの間の休息を取り戻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます